宝前に一歩足を踏み入れると、忽ち濃厚な伽羅(キャラ)の香りが全身を包んだ。馥郁(フクイク)と薫る香の煙の向こうに、立派な壇が設(シツ)らえてある。

 …広い和室。その一番奥に、本尊・大日如来(タイニチニョライ)が鎮座していた。天井から下がる豪奢な華鬘(ケマン)が、灯明の明かりを反射して美しく煌めいている。

 ボクは、瑠威と向き合う様に座った。
そうして、携えた錦の袋の紐を解く。

シュルリ。

微かな衣摺(キヌズ)れの音と共に、漆黒の鞘に納まった日本刀が表れた。それを瑠威の前に、そっと置いて云う。

「これは《金の星》に伝わる宝剣《鳳華》だ。《緑風》同様、当主の証とされるものだよ。」

鳳華と緑風。
ボクらの間に、二振りの刀が並んだ。

「話は東吾から聞いたよ。」
「ふぅん。」

「君の置かれた境遇は気の毒だと思うが、同情はしない。君が欲しいのは、同情や慰めじゃないんだろう?」

 そう言うと。瑠威は、歳に似合わぬ酷薄な笑みを口元に履いた。

「それで、オレを理解したつもり?」

クッと歪めた頬…。
褪(サ)めた眼差しに、剣呑な色が浮かぶ。

「オレは誰にも何も期待しない。勿論アンタにもね、首座さま?」

 瑠威は、淡々と語った。

「期待して裏切られるのは沢山だ。アンタが、あの蛇霊遣いを飼うのは勝手だよ。ただオレが認めないだけ。説得も説教も聞きたくない。だから、そういう用件なら帰ってくれない?誰とも話すつもりはないから。」

「…それでは困る。」
「は?」

「それでは困ると言ったんだ。ボクはね、瑠威。《六星一座》の足並みが揃わないのは嫌なんだよ。当主六人、誰一人も欠けて欲しくない…。今後は『一座一体』の体制を徹底させていく。巳美の件は、その手始めに過ぎない。だから何としても、お前に認めて貰うつもりで此処に来た。」

「あいつは、敵だろう?」
「今は違う。」
「オレには敵にしか見えない。」

「今まではそうだったかも知れない。だが彼は、ボクの一部となった。それを否定するという事は、ボク自身を否定する事と同義だ。」

 殺伐とした空気の中、無機質な対話が続いた。