屋敷に足を踏み入れなり、玄関で瑠佳と四天衆が出迎えてくれた。

「…薙…」

縋すがる様な目でボクを見詰める瑠佳。
顔色が悪い…何かあったのだろうか?

「瑠威の様子は?」

「あれから何も喋ってくれないの。帰って来てからずっとだよ?」

 瑠佳が、ボクの胸に飛込んで来る。

「こんな事初めて。何があっても、あたしだけには話をしてくれたのに。」

「瑠佳…」

「どうしよう、薙?他心通(タシンツウ)で呼び掛けても、全部弾かれちゃうの。誰にも会いたくないって…」

 瑠佳は、かなり動揺していた。
ボクは、彼女を宥める様に、背をトントンと叩きながら訊ねる。

「落ち着いて。瑠威は今、何処?」

「ご宝前(ホウゼン)で禅定(ゼンジョウ)をしているみたい。でも、中から鍵を掛けちゃって…いくら呼んでも出て来てくれないの。」

 …ご宝前?

「神崎邸には、他家の様な『本堂』というものがありません。その代わり、奥座敷に本尊を奉り、『宝前』と呼んで護摩や法要、修行等に使っています。」

 東吾の説明を訊いて…ボクは早速、宝前に案内して貰った。美しい檜の柱と、良く磨き込まれた長い廊下を、足早に通り過ぎる。

 屋敷の東側一番奥に、件の宝前はあった。
白木の引き戸の向こうには、三十畳敷きの和室があると言う。

瑠佳の言う様に、扉は内側から硬く施錠されていた。

「瑠威、ボクだよ。開けてくれない?」

 扉越しに声を掛けて、反応を待つ。
暫くして─…

「何をしに来たの?」

瑠威が呼び掛けに答えてくれた。
この扉の直ぐ向こう側に、彼が居る。
まさか、こんなに素直に応答してくれるとは思わなかったので、ボクは少し驚いた。

「話がしたいんだ。鍵を開けて。」

 ガチャン。

直ぐに重い金属音がして、扉が開け放たれる。

すると。青白い顔をした華奢な少年──神崎瑠威が、其処に立っていた。