神崎家は、生い茂る竹林の中にあった。
深く庇を下ろした門の向こうに、大きな平屋造りの屋敷が見えている。
古風な造りだが、建物自体は近年建て直したものらしく、壁や屋根瓦は新品同様に輝いていた。
門前に駐車して車から降りた途端、強い夜風が吹き抜けた。乱れた髪を手で梳くと、東吾が歩み寄って来て云う。
「申し訳ありません。この近辺は風が強くて…。屋敷の直ぐ裏にある清流が、冷たい川風を運んで来るのです。夏は蛍で一杯になるんですよ。」
「へぇ。じゃカワニナがいるんだね。」
「えぇ。沢山おりますよ。」
蛍の幼虫は、カワニナと呼ばれる小さな淡水棲の巻貝を餌にしている。ボクの里にも、カワニナが棲む小川があって、夏場は蛍狩りを楽しんだ。
繁殖に敵した環境を、生物は本能で知っている。自分達の都合の良いように自然を乱開発するのは、人類だけだ。
「山の生活にお詳しいんですね、首座さまは。」
「うん、山育ちだからね。ついこの前まで、山奥の寂れた村で暮らしていたんだ。凄く昔の事の様に思えるけれど。」
ボクの話に優しく耳を傾けると…東吾は静かな声で言った。
「いつかご案内しますよ、蛍の川に。」
「え?」
「秘密の場所があるんです。出来れば二人きりで行きたいですね。勿論、貴女さえよろしければ…ですが。」
「…東吾…?」
驚いて見上げた先に、東吾の穏やかな視線がある。不思議と胸が騒ぐ様な…そんな、熱のある眼差しだった。
「ちょっと東吾ちゃん!ドサクサに紛れて、うちの姫君を口説くのは無しだよ!?はい、離れた離れた!」
突然、ボクらの間に遥が分って入った。
「薙。騙されちゃ駄目だよ!こう見えて、東吾ちゃんは海千山千なんだから。祐介と良い勝負だよ?」
「随分な言われ様だな。僕と良い勝負って、どういう意味だい──遥?」
背後から祐介が近付いて来て、遥の耳を抓み上げる。
「い、痛いです…祐介さま。」
「痛い?じゃあ病気かも知れないね。僕が、じっくり診てあげるよ。」
そう言いながら、祐介は遥の耳を引っ張って歩いて行った。茫然と見送るボクの頭を、一慶がポンと叩く。
「ほら、行くぞ。」
「あ、うん。」
大股に歩み去る彼の後ろを、ボクはピョコピョコ附いて行く。
深く庇を下ろした門の向こうに、大きな平屋造りの屋敷が見えている。
古風な造りだが、建物自体は近年建て直したものらしく、壁や屋根瓦は新品同様に輝いていた。
門前に駐車して車から降りた途端、強い夜風が吹き抜けた。乱れた髪を手で梳くと、東吾が歩み寄って来て云う。
「申し訳ありません。この近辺は風が強くて…。屋敷の直ぐ裏にある清流が、冷たい川風を運んで来るのです。夏は蛍で一杯になるんですよ。」
「へぇ。じゃカワニナがいるんだね。」
「えぇ。沢山おりますよ。」
蛍の幼虫は、カワニナと呼ばれる小さな淡水棲の巻貝を餌にしている。ボクの里にも、カワニナが棲む小川があって、夏場は蛍狩りを楽しんだ。
繁殖に敵した環境を、生物は本能で知っている。自分達の都合の良いように自然を乱開発するのは、人類だけだ。
「山の生活にお詳しいんですね、首座さまは。」
「うん、山育ちだからね。ついこの前まで、山奥の寂れた村で暮らしていたんだ。凄く昔の事の様に思えるけれど。」
ボクの話に優しく耳を傾けると…東吾は静かな声で言った。
「いつかご案内しますよ、蛍の川に。」
「え?」
「秘密の場所があるんです。出来れば二人きりで行きたいですね。勿論、貴女さえよろしければ…ですが。」
「…東吾…?」
驚いて見上げた先に、東吾の穏やかな視線がある。不思議と胸が騒ぐ様な…そんな、熱のある眼差しだった。
「ちょっと東吾ちゃん!ドサクサに紛れて、うちの姫君を口説くのは無しだよ!?はい、離れた離れた!」
突然、ボクらの間に遥が分って入った。
「薙。騙されちゃ駄目だよ!こう見えて、東吾ちゃんは海千山千なんだから。祐介と良い勝負だよ?」
「随分な言われ様だな。僕と良い勝負って、どういう意味だい──遥?」
背後から祐介が近付いて来て、遥の耳を抓み上げる。
「い、痛いです…祐介さま。」
「痛い?じゃあ病気かも知れないね。僕が、じっくり診てあげるよ。」
そう言いながら、祐介は遥の耳を引っ張って歩いて行った。茫然と見送るボクの頭を、一慶がポンと叩く。
「ほら、行くぞ。」
「あ、うん。」
大股に歩み去る彼の後ろを、ボクはピョコピョコ附いて行く。