その時…。東吾の端正な顔に、ほんの少しだけ、笑顔が灯った。

「そう言えば…あの剣を授かってから、瑠威は少しずつ立ち直っていきました。あの子にとっては、唯一心の拠り所となっているのかも知れませんね。」

「ボクも、そう思う。」
「首座さま?」

「瑠威の心を開く手掛かりは、刀だ。瑠威は、無垢な刀身に、理想の自分を重ねている。決して誰にも『汚されない』無垢で清浄な自分を…。」

「無垢なるもの…か。」

 一慶が、考え込む様に頬杖を付いた。
箸の先で小鉢の里芋を突きながら、何やら思索に耽(フケ)っている。

「つまり。瑠威が唯一心を開けるのは、宝剣の前だけという事か。」

「多分ね。あの子が──『瑠威が絶対的に信じるもの』で渡り合わなきゃ、きっと振り向いて貰えない…」

「解った。今回は、お前に乗るよ。」

 ボク等の会話を聞いて、祐介と東吾は目配せし合った。遥だけが状況を掴めずにキョトンとしている。

「なになに?みんな、何の話してんの!?」
「これから神崎家に乗り込むんだ。」
「今から!? いっちゃん、何言ってんの?」

「良いから、お前も直ぐに着替えて来い。二十分後に正門前に集合だ。急げよ?遅れた奴は、遠慮無く置いていくからな。」

「えぇ──!?」

 唖然とする遥を残して、全員がサッと席を立つ。

「何なんなのよ、一体…?」

取り残された遥の声だけが、空しく虚空に消えていった。