気が付けば、ボク等はいつの間にか裏庭を抜けていた。真っ白な玉砂利を踏み、竹林の裏手へ廻ると…其処には、黒い屋根瓦の道場が聳(ソビ)えている。

 その壮麗な造りに、ボクはまたもや圧倒されてしまった。

「立派な道場…初めて来たよ…。」

思わず呟くと、遥が驚いた様に顔を覗き込んで来る。

「あれ、初めて??」

「うん。此処に来てから一度も稽古していないし…体が鈍っているかも知れない。」

「忙しかったもんねぇ、薙は。俺で良かったら相手になるよ?但し、百日行が終わったらね。」

 そうだった、《百日行》…。
これが始まれば、ボクも遥も、暫く屋敷には戻れない。

『山籠もり』の出発日は、再来週だと聞いている。あと数日で、裟婆世界ともお別れだ

「百日行か…大丈夫かな、ボク?」
「初めての本格的な行だもんね。心配?」

「うん。どんな事するんだろうとか、修行に付いていけるかなとか…色々とね。」

「う~ん、確かにハードだからね。」

 高く腕を拱(コマネ)くや、遥は鹿爪(シカツメ)らしく眉根を寄せて言った。ボクは、思わず怯んでしまう。

「そ…そんなに大変なの?」

「断食があるからね。体力的にも精神的にも、苦行になるよ。」

「断食!?」

「そう。最初の七日七晩は『不飲食不眠不座(フオンジキフミンフザ)』で祈り倒すんだ。キツくないとは言えないねぇ。」

「不?おんじき…?」

「──不飲食(フオンジキ)、不眠不座(フミンフザ)。飲まず食わず、眠らず座らずで祈るという意味だよ。これはまだ仏の世界に入る為の『準備』に過ぎないから、本当の修行はその後だね。」

──っ!!
嘘だろう!?

ボクは思わず遥の着物の袖を掴み、ふるふると首を振っていた。

無理。絶対、無理!

 そんなボクを見て、遥は驚いた様に大きく目を見開いたが──直ぐに表情を和らげ、元気付けてくれた。

「そんなに恐がらなくても、大丈夫だよ。本行に入る前に、前行があるからね。そこで徐々に体を馴らしていくんだ。その時は、俺も一緒だから。二人で頑張ろう?」

 良かった。
途中までは、遥が一緒に居てくれるのか…。

「それなら…うん。頑張れる、かな?」

そう答えると、遥は満足そうに笑って、ボクの頭をクシャリと混ぜた。