広間に束の間の沈黙が訪れる…。
最初にそれを破ったのは、瑠威だった。

「…納得がいかないね。」

 ──そう言って。怒りを凍り付かせる表情は、頑是ない子供のそれである。

「だからって、奴等の全てを赦す事に、何の意味があるんだ?そういう甘さが、六星の命取りになるとは考えないのか?? アンタら、真面目にヤル気あんの!?」

「やめなさい、瑠威!」

 堪り兼ねた様に、右京が叫ぶ。

一喝されて、一度は口をつぐんだものの…瑠威は未だ、憤激やる方ない様子で唇を震わせていた。

若さに任せた怒りのエネルギーが、痛々しい程に彼を駆り立てている。

 遥は、そんな瑠威を、大人の冷静さで受け止めた。

「聞いてくれ、瑠威。俺が許せなかったのは、巳美じゃなくて、現実逃避している俺自身だったんだ。さっき…薙に命じられて、巳美を屋敷に運び込んだ時に、漸くそれが腹に落ちた。いつまでも逃げている場合じゃない。もう何もかも終わらせようってね。」

 そう訴える遥の目には、力があった。
その気迫に圧されてか、流石の瑠威も黙り込む。

誰もが、ジッと彼の話に耳を傾けていた。

「瑠威。お前もそろそろ学ぶべきだ。薙は…俺達の首座はね。『赦す事』の功徳を伝えようとしているんだ。」

「赦す…」

「そう。『赦す』という行いは、実は一番難しい仏道修行なんだ。己を滅して、相手に利益を与える行いだからね。」

「知ってる…大乗利他行(ダイジョウリタギョウ)と言うやつだろう?」

「そうだよ。大乗とは、他人の為に尽くす行いだ。行者だからと言って、そうそう達観出来るものじゃない。況してや、遺恨ある相手に対して、直ぐに親切には出来ないだろう?だからこそ利他の徳を磨く事で、人は、自分にも他人にも優しくなれる。それが救いの力になるんだ。難しい術など必要ない。他を思う心さえあれば、それが俺達の強さになる。…そうだよね、薙?」

 そう言って。
遥は、ボクにニコリと笑って見せた。
彼らしい、晴れ晴れとした笑顔だった。