重く淀む沈黙を最初に破ったのは、烈火だった。

「巳美!さっきから聞いてりゃベラベラと軽口ばっか叩きやがって!! 何が『御祝い』だ?胡散臭せぇ。一人で、チャラこいてんじゃねぇぞ!鈴掛の分際で、アウェイで舐めた真似しやがってよ!てめぇの暇潰しに付き合ってやる程、親切じゃねぇ!!」

「そうなの?…冷たいなぁ。俺は、すっかりその気で来たのに。」

「何だと──!?」

 熱くなる烈火を、巳美は嘲笑った。
ジーンズのポケットに両手を突っ込み、一人一人を値踏みする様に見回す。

「成程ねぇ。これが、新生一座の皆々様か。どれもこれも美味そうだが…さて。どれから味見してやろうか?」

 ──と、そこへ。

「調子に乗るな、蛇男。此処は、貴様が立ち入って良い場所じゃない。早々に立ち去れ。」

 耳馴れた頼もしい声が、巳美のお喋りを止めた。いつの間にやって来たのか、一慶が柱に凭(モタ)れて腕組みをしている。

 巳美は一瞬大きく目を見開いた。
ニヤニヤと下卑た笑いを口元に履くや、今度は一慶に向かって歩み寄る。

「よう。また会えたね、伝説のピアニスト様?俺は、アンタが『ワルシャワ・コンクール』で入勝した頃からのファンだったのに…どうして最近は弾いてくれないんだ?」

「お前如きに聴かせるのが勿体無いからだよ、変態。」

「変態とは御挨拶だなぁ。俺はもう一度、アンタの『リスト』が聴きたいのに…。五年前のエスパーダ国際音楽堂ホールの演奏会は、本当に素晴らしかったよ。あの日聴いた『ラ・カンパネラ』は実に圧巻だった。」

「…お前が死んだら、『葬送行進曲』をアップテンポで弾いてやるよ。サッサとくたばれ、下郎が。」

 巳美のおべっかを、一慶は容赦無く切り捨てた──だが。それすらも、不遜な侵入者を悦ばせる要因になる。

 巳美は、おどけた調子でヒュウと口笛を吹いた。

「相変わらず…惚れ惚れする様な物言いだねぇ。俺が入れ込んだ男だけあるよ。背筋がゾクゾクして堪らねぇや。」

「…気色悪りぃこと言ってんじゃねぇよ。それとも、二度と軽口が叩けない様に、貴様の喉を潰してやろうか?」

「酷い男だな、こんなにリスペクトしているのに。一生、俺の片想いか?」

 巳美は、一慶との会話を愉しむ様に、黒目がちな双眸を眇めた。