日頃の怨みを込めて舌を出して見せれば、忽ちボクの周囲で笑いが起こった。誰一人、崩倒れた彼に手を貸す者は無い。
「くそ…お前等まで。この薄情者!」
…何やら怨み言をぬかしている様だが、素知らぬ顔で遣り過ごす。ふん、ざまぁ見ろ。
うんうん唸る一慶を他所(ヨソ)に、ボクと新生一座の面々は長い回廊を行き過ぎた。
吹き渡る秋風が、ヒヤリと頬を撫でる。
ボクは傍らを歩く篝の身を案じて、話し掛けた。
「体調はどう、篝?」
「随分、佳くなりました。祐介さんが、毎日癒霊を施して下さいましたから。」
そう言って見上げる視線の先には、正装をした坂井祐介の姿がある。
群青に鸞(ラン)の紋付き袴。
その艶やかな微笑は、常時見馴れている筈のボクですら、一瞬目を奪われた。
この魔性の笑みで、一体、何人の女性を落として来たのやら…やはり、この人は油断ならない。純粋な篝が、彼の毒牙に掛からない様に気を付けなくては…。
密かに警戒するボクを尻目に、祐介は、いっそう華やかに破顔して言った。
「篝ちゃんの回復が早いのは、本人の努力の賜物だよ。それに《天解》の行者だった事も幸いしたみたいだね。反射的に、魂魄にガードを掛けたから、天魔の侵蝕も初期の段階で済んだ…。良く機転が利いていたね、流石は当主さまだ。」
「…はい。ありがとうございます。」
「だが、まだ油断は禁物だよ。尤も、キミは元々おしとやかな女の子だから大丈夫かな?『どっかの誰かさん』みたいなお転婆は、手に余っていけない。忙しい時に限って、次々に仕事を増やしてくれる。こういう手合いは、一人居れば充分だよ。」
あからさまな皮肉を言って、此方に一瞥を投げる祐介。チクリチクリと当て付ける言葉に、ボクの肩身はどんどん狭くなる。
冷たい視線から逃れる様にギクシャクと顔を背ければ、視界いっぱいに中庭を彩る紅葉や楓の朱色が飛び込んで来た。
あぁ…なんて綺麗なんだろう。
思わず足を止めて見入ってしまう。
「綺麗ですね…」
「うん。」
篝の言葉に頷くと、ボクは改めて秋の庭を見渡した。紅や黄色の葉に混じって、常緑の松が鮮やかな対象美を添えている。
色付く木々。サラサラと流れる鑓水(ヤリミズ)。
一時も留まる事の無い自然の営みが、此処には在った。
繁忙に捉われ、季節の移り変わりすら見過ごしていた事を、ボクは猛烈に反省する。
美しい土地、美しい自然。
この国は、こんなにも命と力に満ちている。…そう思うと、込み上げる感動で胸がいっぱいになった。
やがて。皆がボクに倣う様に、足を止めて、この絶景を眺め始めた。
「風雅なものですね…まるで錦絵だ。」
無感動な声で蒼摩が呟くと、北天の浬が茶化す様な口調で言う。
「ほう?君にも風雅が理解出来るのかい??それはそれは、大した進歩だ。当主を継承しただけの事はある。」
「……。」
浬の痛烈な揶揄に、蒼摩がムッと眉根を寄せた。和んだ空気が、一気にピリリと緊迫する。
「くそ…お前等まで。この薄情者!」
…何やら怨み言をぬかしている様だが、素知らぬ顔で遣り過ごす。ふん、ざまぁ見ろ。
うんうん唸る一慶を他所(ヨソ)に、ボクと新生一座の面々は長い回廊を行き過ぎた。
吹き渡る秋風が、ヒヤリと頬を撫でる。
ボクは傍らを歩く篝の身を案じて、話し掛けた。
「体調はどう、篝?」
「随分、佳くなりました。祐介さんが、毎日癒霊を施して下さいましたから。」
そう言って見上げる視線の先には、正装をした坂井祐介の姿がある。
群青に鸞(ラン)の紋付き袴。
その艶やかな微笑は、常時見馴れている筈のボクですら、一瞬目を奪われた。
この魔性の笑みで、一体、何人の女性を落として来たのやら…やはり、この人は油断ならない。純粋な篝が、彼の毒牙に掛からない様に気を付けなくては…。
密かに警戒するボクを尻目に、祐介は、いっそう華やかに破顔して言った。
「篝ちゃんの回復が早いのは、本人の努力の賜物だよ。それに《天解》の行者だった事も幸いしたみたいだね。反射的に、魂魄にガードを掛けたから、天魔の侵蝕も初期の段階で済んだ…。良く機転が利いていたね、流石は当主さまだ。」
「…はい。ありがとうございます。」
「だが、まだ油断は禁物だよ。尤も、キミは元々おしとやかな女の子だから大丈夫かな?『どっかの誰かさん』みたいなお転婆は、手に余っていけない。忙しい時に限って、次々に仕事を増やしてくれる。こういう手合いは、一人居れば充分だよ。」
あからさまな皮肉を言って、此方に一瞥を投げる祐介。チクリチクリと当て付ける言葉に、ボクの肩身はどんどん狭くなる。
冷たい視線から逃れる様にギクシャクと顔を背ければ、視界いっぱいに中庭を彩る紅葉や楓の朱色が飛び込んで来た。
あぁ…なんて綺麗なんだろう。
思わず足を止めて見入ってしまう。
「綺麗ですね…」
「うん。」
篝の言葉に頷くと、ボクは改めて秋の庭を見渡した。紅や黄色の葉に混じって、常緑の松が鮮やかな対象美を添えている。
色付く木々。サラサラと流れる鑓水(ヤリミズ)。
一時も留まる事の無い自然の営みが、此処には在った。
繁忙に捉われ、季節の移り変わりすら見過ごしていた事を、ボクは猛烈に反省する。
美しい土地、美しい自然。
この国は、こんなにも命と力に満ちている。…そう思うと、込み上げる感動で胸がいっぱいになった。
やがて。皆がボクに倣う様に、足を止めて、この絶景を眺め始めた。
「風雅なものですね…まるで錦絵だ。」
無感動な声で蒼摩が呟くと、北天の浬が茶化す様な口調で言う。
「ほう?君にも風雅が理解出来るのかい??それはそれは、大した進歩だ。当主を継承しただけの事はある。」
「……。」
浬の痛烈な揶揄に、蒼摩がムッと眉根を寄せた。和んだ空気が、一気にピリリと緊迫する。