蒼摩がくれた和やかな時間。
だが、それも永くは続かなかった。
不意に反対側の襖が開き、一慶が顔を覗かせる。

「薙、そろそろ出るぞ。来い。」
「うん…」

 ドクンと胸が跳ね上がり、一気に心拍数が上がる。

「行きましょう、首座さま。」

 蒼摩に優しく背を押されて向かったのは、《前室》と呼ばれる小部屋だった。ここは本堂と控室とを繋ぐユーティリティ・スペースであり、普段は、法要の準備を調える為の部屋として使われている。

 ヒヤリと冷たい空気。

控室より更に狭いその場所は、既に、本尊・不動明王の領域である。

この向こうには、護摩壇が設えられた内陣があり──通常、中僧正以上の位階を持つ者しか入る事を許されないという。

 甲本家で最も神聖な場所──。

本尊仏に対して失礼の無いように、ボクは気持ちを切り換えた。いつまでも、おどおどしていてはいけない。

前室に入れば、既に四天が待っていて、恭々しくボクを迎えてくれた。

 あぁ、彼等は当主として──首座としてボクを扱ってくれているのだ。この信頼に応えなくては。