ボクの胸が再び早鐘を打ち始めた。
気持ちを鎮めようとして、大きく息を吸った──その時である。

 控室の襖戸がスラリと開いて、見覚えのある人物が顔を出した。

「首座さま、少し宜しいですか?」

浅葱色の紋付きと海老茶色の袴に身を包んだ姫宮蒼摩が、遠慮がちに入室する。

「すいません、お忙しい時に。」
「ううん、平気…」

短い挨拶を交わした途端、緊張の糸が僅かに弛んだ。

 正装した蒼摩は、いつにも増して大人びて見える。少し長めの瑚珀色の髪も、今日は後ろで小さく束ねていた。露わになった右耳には、プラチナのイヤー・カフが輝いている。

それにしても。
何だろう、この余裕は…?
ボクより年下なのに、全然落ち着いている。

「首座さま。この度は、当主就任おめでとうございます。」

 蒼摩は、丁寧に三つ指を着いて頭を下げた。その背後には、同じ浅葱色の正装をした《水の星》の四天が控えている。

「ありがとう、蒼摩。君も当主就任おめでとう。」

「有難う御座います。なかなか時間の都合が着かなくて、当家の四天の御目通りが遅れてしまいました。ついては御挨拶がてら、御訪ねした次第です。突然伺いました非礼、平にご容赦下さい。」

 立派な口上だ…。
こういう場に慣れているのだろう。
蒼摩は見るからに堂々としていて、貫禄すら覚える。

「偉いね、蒼摩は。ボクは駄目みたい。何だか緊張しちゃって…心臓がバクバクするよ。」

 不甲斐無いと思いつつも、素直に本音を打ち明ける。すると蒼摩は、微かに目を細めて優しく笑った。

「同じですよ、僕も緊張しています。」

え?? そう?
とても緊張している様には見えないが…??

「本当ですよ?昨夜も殆ど眠れませんでした。だからもう気楽に考える事にしたんです。」

「気楽に?」

「ええ。名前を呼ばれて、前当主から《法名》を告げられたら『はい』と返事をする…これだけの事です。卒業式の練習だと思えば良いんですよ、ね?」

 そう云って首を傾げる仕草は、普段の彼そのままで、ボクはホッと安堵する。

蒼摩は、柔らかな声音でボクを勇気付けてくれた。

「僕と瑠威が、先に印証を請けますから…首座さまはそれを真似をして頂ければ宜しいんですよ。儀式の最後に導師の孝之さんから、儀記(ギキ)を渡されます。それを受け取れば、全て完了です。簡単でしょ?」

「うん…。」

 曖昧に頷くと、蒼摩はクスッと笑った。