もしも…。

もしも、全てが『まやかし』だったとしたら、紫はどう感じるだろう?昨夜の晴れがましい笑顔が思い出されて、ボクの胸は痛んだ。

 真織にとっても、千里さんは、大切な『お母さん』だった筈だ。それすらも、仕組まれた罠だったのだろうか?

 人の心を自在に操る闇の力を前に、ボクの気持ちは沈んだ。

「薙。」

一慶が、消沈するボクの背中に手を於いて言う。

「良く覚えておけ。天魔は、決して人には従わない。奴らを動かすのは契約だけだ。一方、鈴掛一門は、霊との《取引き》を専売特許にしている。この事件は、両者の利害が一致した結果なんだ。」

「…利害…。」

鈴掛一門。
術力を金で売る外法衆。
確かに恐ろしい集団だ。
だが、全てが予想通りだとしたら、何か妙だ。

そこまで完璧を目指す連中が、どうして薬子の《魔鏡》を無造作に井戸に棄てたりしたのだろう?

 あれは、彼等が事件に関わったという決定的な証拠品だ。放置すれば確実に足がつく。それに、彼等が天魔を使い捨てにする理由も、良く解らない。

 法外な報酬と引き替えに、リスクの高い《仕事》をする彼等が…一体何のメリットがあって、こんなに時間の掛かる罠を張ったのか?

「依頼された仕事じゃない…のかな?」
「アタシも、そう思うわ。」

 何気無く呟いた言葉に、特徴的な高音の声が相槌を打った。驚いて振り向いた先には、着替えを済ませた苺が立っている。

 長い髪を背で一つに束ねた彼女は、珍しくスッピンだった。群青の紋付き袴が良く似合う。中性的で美しくて…いつに無い神秘的な輝きがあった。

「アタシも薙と同じ見解よ。この仕事に関しては利益目的じゃない。何か…私怨の様な執着を感じるの。」

「確かにな。」

おっちゃんが頷いた。

「だが詮索は、ここまでだ。後は、裏一座の方で調査を進める。お前達には、為すべき事が山ほどある。全ては継承式が済んでからだ。」