そんな風に勘繰りたくはない。

少なくとも、千里さんと玲一さんの間には、純粋な愛情があったと信じたい。だけど…。

「有り得るね。」

遥が、冷徹に言い放った。

「俺だって、そんな風に考えたくはない。でも、完全に否定する事も出来ないんだ。もしかしたら…千里さんが玲一さんに出会った事すら、既に鈴掛の罠だったのかも知れない。」

「そんな!」

「《愛染明王法》という護摩法を使えば、そういう事も可能なんだよ。二人が、互いに惹かれ合うように護摩を焚(タ)いて祈るんだ。いわゆる《縁結び》の修法なんだけれど…これが抜群の効験がある。それに、そう考えれば全ての辻妻が合うんだ。」

「それじゃあ…千里さんの愛情すら、植え付けられたものだって言うの?そうまでして、千里さんを疑わなきゃいけないの?」

「落ち着け、薙。遥は、一つの可能性として示唆しただけだ。まだ、そうとは言い切れない。」

 憤るボクを冷静に諭したのは、一慶だった。

「千里さんが、奴等の使い物にされたのは確かだ。一方で、遥の推測も否定し切れない。愛染明王法での縁結びは、平安時代から、広く使われてきた加持祈祷の一つだ。呪術が得意な鈴掛行者には、それこそお手の物だろう。どちらも一理ある。」

 ──そう言うと。やおら神妙に眉根を寄り合わせて、一慶は続ける。

「鈴掛一門にとって、千里さんは利用価値のある駒だった。薬子に捧げた犧(ニエ)なんだよ。対して、弱体化していた薬子は、この世に復活する為の『体』が欲しかった。そこで鈴掛の連中は、千里さんを『依代』として差し出す事を条件に、奴と契約したんだ。通常…天魔は、生きた人間には憑かない。だが薬子は、霊体化していた所為で、生身の人間に憑依させる事が出来た。合理的で抜け目の無い、連中らしい遣り方だ。」

「知らないよ、そんなの!」

 悔しさのあまり、ボクは叫んでいた。

連中の都合など知るものか!
向坂千里という一人の女性が、身も心も…人生そのものを蹂躙されたという事実が、腹立たしいだけだ。

一体何の権利があって、そこまでする??
彼等にとっては、人の命も盤上の駒でしかないのか?