遥は言う。

「爺ちゃんから聞いた話では…継母と苺は、最初から折り合いが悪かったそうだ。所謂(イワユ)る、『継子虐め』というやつだよ。なかなか懐かない苺を嫌った養母は、陰湿な虐待を繰り返していたらしい…。本人は、当時の事を語りたがらないけれどね。苺は、小さい頃から親の愛情を知らずに育ったんだ。」

 その上、苺は《性同一性障害》という宿命を背負っていた。

学校での陰惨なイジメと、家庭での虐待。
そして、自分の『性別』に対する激しい違和感…。

味方をする者はおろか、相談出来る先も無い。

 孤独と暴力に耐え続ける日々だった。
存在を否定され、自我と人権を脅かされる中で…苺の心は、次第に壊れていったのである。

 そして、小学五年生のある日。

苺は、忽然と姿を消した。そこから先は、彼女の独白通りである。

    「行方不明になった苺を、伸之さんは必死になって探し続けたんだ。苺は、児童売春グループに匿われていてね。そこで一悶着あったらしい。どうにか保護して此処に連れて来た時…あの子は、かなり荒(スサ)んでいたそうだ。それを伸之さんが、根気よく相手をして、漸くここまで立ち直った。偉大だよ、伸之さんは。俺にとっても苺にとっても、生仏の様な存在なんだ。」

 ボクは、溢れ出す涙を止める事が出来なかった。

可哀想な、苺。
だけど、その傷付いた心を親父は癒した。

「ボクには出来ない。…そんな風には…きっと…」

「薙。」

 遥の手が、優しく頬に触れる。

「駄目だよ。折角のメイクが流れてしまう。」

解っている。…だが、止められない。
そこまで傷付いた心を、ボクは救う事が出来るのだろうか?

これはきっと、親父だから出来た事なのだ。