「要するに、少年行者の為の特別合宿よ。伸ちゃんの提案で、毎年夏休みと冬休みに開催されていたの。…紫とは、そこで知り合ったわ。凄くピュアな子で…こんなアタシを、否定もしなければ、拒みもしなかった。あの子といると、救われた気持ちになった。」

 当時を回想する苺は、少しだけ幸せそうに笑った。だけど、すぐに暗い顔になり…そのまま辛そうに目を伏せて、話を続けた。

「そうして沙弥修行が行わる度に、アタシ達は会って…関係を深めたの。このまま、ずっと一緒にいられると思っていた…でも『例の事件』が起きて、紫は、離れに篭ってしまった。アタシ達の関係も、結局そこで終わりよ。」

 着附けをしていた苺の手が、不意に止まる。
こんなに辛そうに語る『彼女』を見るくらいなら、知らないままでいれば良かった。

 ボクは、猛烈に後悔した。

「いいのよ、薙。気にしないで?いつかこういう日が来るのは、解っていたし。」

「でも…」

「紫は当主になる人だもん。良いお嫁さんを迎えて子孫を遺し、血を繋いでいかなきゃならないの。アタシは…あの子に子供を産んであげられないもの。仕方無いよ。」

 …そう言って。自嘲気味に笑う苺の姿が哀しくて、ボクは何も言えなくなってしまった。「今更、拠(ヨ)りを戻すつもりなんて無いわ。ちゃんと気持ちの整理は付けて来たの。今日…紫に会って、ちゃんと話すから。アンタは心配しないで。」

「…苺、大丈夫?」

 『心配するな』と言われても、気にならない筈がない。そんなボクの心を読んだのか、苺は高飛車に顎を掲げて言った。

「アタシを誰だと思ってんの?余計な心配は無用よ。アンタは、今日の式の事だけ考えていれば良いの。気合い入れ直して、頑張りなさい。」

 …そう言うと。最後に苺は、吹っ切れた様な晴れやかな笑顔を向けてくれる。ボクは、そんな彼女の為に、ただ祈る事しか出来なかった。