紫は、そのままゆっくり歩を進めてボクの前に立った。

「薙。」

 こうして名前を呼ばれると、『あぁ、やっぱり紫なんだな』と思う。

式典での堂々とした姿を見ていたら、まるで知らない人の様で…ボクは、情けなくも気後れしてしまった。

 またこの笑顔に会えて、嬉しい。
微笑み返すと、紫も安心した様な顔をした。

「薙が外へ出て行くのが見えたから、追い掛けて来ちゃった。どうしたの?気分でも悪いの??」

 そう言って傾げた白い顔が、闇の中に際立って見える。ボクは、小さく首を振って答えた。

「平気だよ。ちょっと気分転換がしたかっただけ。それより、良いの?主役が抜け出したりして…」

「いいよ。どうせ、みんなもう酔っ払ってグチャグチャだし。二人抜けたところで、誰も気付いていない。」

「確かに、そうかも。」

 二人で顔を見合わせて、また笑った。
紫は、あらゆる意味で、ボクに『近い』気がする。

年齢も勿論だが、感性や視点が似ているのだ。異性なのに、他人の様な気がしない。

もし、ボクに兄弟がいれば、きっとこんな風なのだろう。──何しろ、添い寝までした仲だし。

 そんな事を考えていたら、紫がフワリと抱き付いて来た。