「よぅ、薙!遅かったな。」

 式場に入るなり、火邑烈火が声を掛けて来た。

「お前の席は此処。俺の隣な?」

「席順は予(アラカジ)め決まっているみたいだよ??」

「そんなの無視無視。良いから座れよ、ほら!此処だ、此処!!」

 相変わらずの強引さ…でも、良かった。
怪我もご機嫌もすっかり治ったらしい。
完全に、いつもの調子を取り戻している。

 ホッと胸を撫で下ろした、その時。

ドォン、ドォンドン…!

大きく空気を震わせて、式典開始の太鼓の音が轟いた。

 現当主・玲一に続いて、新当主・紫が入堂する。二人共、黒地に金糸で《獅子》を刺繍した着物と鶯色の袴を纏っていた。

 黒は『死と再生』を表す向坂家の色…。
《獅子》は、その雄叫びで衆生(シュウジョウ)の迷妄(マヨイ)を払うと言われる聖獣で、《土の星》の象徴である。

 儀式に臨む紫は、凛として美しかった。
全ての所作を堂々と熟(コナ)す姿に、嘗ての幼さなど微塵も感じられない。

当主たるに相応しい風格が漂っていて…まるで別人の様だ。晴れがましいその様子を、大勢のゲストが見守っている。

 この式典には、日本を代表する名刹(メイサツ)の貫主(カンシュ)や、門跡らも大勢招待されていた。本堂の一段高い貴賓席に、ズラリと居並ぶ様子は圧巻である。

ボクの継承式でも、こうした高僧方が、ゲストとしてご臨席になるのだろうか??

 …頑張らなきゃ。
今日は紫の所作や姿勢を、ちゃんと目に焼き付けて措こう。

 ──そうして。荘厳な雰囲気の中、継承の式典は無事成満したのだった…。