ややあって。
深紅のフィアットは、閑静な住宅街の外れで停止した。

レンガ造りの大きなガレージに、バックでピタリと納まると、遥はニコリと此方を向いて言う。

「はい到着、お疲れ様~!大丈夫?車酔いしていない??」

「大丈夫だけど…此処どこ?」
「俺んち。」
「遥の!?つまり、鏑木家!」

「そうだよ。今日は誰も居ないから、遠慮無く入って?」

遠慮なく…と言われても。
初めてお邪魔するのだから、やはり緊張してしまう。まさか、二人きりで『おうちデート』とは──。

 戸惑うボクなど御構い無しの様子で、遥は助手席のドアを開け、手を差し出した。

「姫、どうぞこちらへ。」

 こういう仕草も、すんなり板についてしまうのが、鏑木遥という人だ。大仰に思える王子様キャラも、この豪邸を前にしては殆ど違和感が無い。

 鏑木家の屋敷は、とても洗練されたレンガ造りの洋館だった。紅い薔薇のアーチを潜り抜けると、雰囲気のある庭が展がっている。

 遥のエスコートで、ボクは、外国の石畳を思わせる玄関アプローチをゆっくりと歩いた。手入れの行き届いた庭の奥には、蔓薔薇の絡む生垣が見える。

大きな玄関ドアを開けて中に通されると、その先はもう驚きの連続だった。

 長い廊下で最初に目を引いたのは、高そうなアンティークの柱時計である。壁には、明らかに『真筆』と思われる某有名画家の絵画が掛けられていた。

 吹き抜けのホールの天井からは豪灑なシャンデリアが下がり、床にはエミール・ガレと思しき花瓶が、無造作に置かれている。

 広いリビングは、まるで、コレクション・ハウスの様だった。

イタリア製のエレガントなアンティーク・カウチ。樫財の食卓。マントルピースの上に飾られているのは、幸せそうな家族写真のコラージュだ。

ドレスデンらしき花瓶に生けられたプロテアの花は、沙耶さんの趣味だろうか?

 とにかく、全てが西洋骨董や高級品ばかりだ。生活水準の高さを象徴するものばかりで、目が眩む。

「…凄い豪邸だね…。」
「え、そう?普通の家だよ。」

 その発言に、ボクは押し黙る。
同時に、遥の何処か浮世離れした佇まいは、こういう裕福な家庭で培われたものなのだと得心した。

一流品に囲まれて暮らす者特有のゆとりに、ほんの僅か『距離』を感じる。