それは、とても懐かしい感覚だった。
遊び疲れて眠り込み、父の腕にそっと抱上げられた──あの、幼い頃の記憶が甦る。

膝裏にガッシリと挿し込まれた逞しい腕が、遠い日の郷愁を呼び覚ます。

(誰──?)

なけなしの力で薄目を開ければ、逆光の中、大きな黒い影がボクを覗き込んでいた。

「ほら、しっかりしろ。暴れるなよ?振り落すぞ。」

 …綺麗なバリトンの声。かなり上背のある、若い男性である。父親以外の男に抱き上げられたのは生まれて初めてで…一瞬、体が強張った。

 ちょっと待て。
これは所謂る『お姫様抱っこ』というやつではないか!?

やめてくれ!!
ボクは小さな子供じゃない。
こんな往来で、冗談じゃないぞ──!

 叫ぼうとして口をパクパクさせていると、先程のアニメ声が横から口を挟んで来た。

「どうする?このまま病院に連れて行く??」

「そうだな。祐介に連絡してくれ。やっと見つかった、てな。」

 盛大な溜め息を吐くと、男は、ボクを抱えたまま大きく方向転換した。為す術も無く運ばれて、見知らぬ車の後部座席に押し込まれる。その途端、急に恐ろしくなった。

 本当に…助けてくれるのだろうか?
もしかしたら、このまま如何わしい場所へ連れて行かれるのではないか??

そこには如何にも人相の悪い輩がいて、あんな事やこんな事を──

(嘘だろう?神様、助けて──!!)

 心の叫びは、神に届かなかった。
耳障りなエンジン音と共に、動き出す車。
差し迫る恐怖と不安の中で、ボクの意識は、再び緩やかに暗転していった。