「薙さま?」

不意に黙り込んだボクを、心配そうに覗き込む氷見。

「お顔の色が優れませんね。やはり、お具合が悪いのでは?」

「だ…大丈夫…」

 互いの顔が、思いの外接近していた事に気付いて、ボクは慌てて身を起こした。

「薙さま?」

「…いや、あの…確かに、普段に比べて、体調は思わしくないけど…平気だよ。お腹は、ちゃんと空いている。」

「それは宜しゅう御座いました。」

 そう言って、氷見は安堵の嘆息を洩らす。それから、徐ろに衣装箱を差し出した。

「着替えを御持ち致しました。今日は此方を召されるようにと、苺さまからの御伝言です。」

「苺、帰って来たの??」

「ええ、今朝ほど。お召し替えが済んだら、居間においで下さい。皆さまが御待ちです。」

 にこやかに氷見は笑うけれど…。
ボクの胸には一抹の不安があった。

「あの…遥と烈火は?」

 物凄く派手な勘違いをして、物凄く怒っていた二人を思うと、どうにも気まずい。誤解されたままでいるのは、ちょっと…否、かなり困る。

 心配するボクを見て、氷見は曰く有り気な笑みを口元に湛えた。

「ご心配には及びませんよ。祐介さまが、お二人を上手く宥めて下さいました。元より、一慶さまは、薙さまの修練指導をなさっていらした『だけ』なのですから…。その辺は、蛇足ながら、私からも進言申し上げました。大丈夫です、お二方共直ぐに納得して下さいました。」

 良かった…誤解が解けて。
安心した途端、別の問題が浮上する。
ボクは、苺が見立てた着替え一式に目を落とした。

「やっぱり、これ…着なくちゃダメ?」

 上目使いに問い掛ければ、氷見は苦笑で答える。

「はい。お気持ちは充分お察し致しますが…今日ばかりは、そうなさった方が宜しいかと。」

 その言葉に隠された意味を、ボクは直ぐに思い知る事になる。