去り際──。

蒼摩は、何かを思い出した様に、くるりとボクを振り返った。

「そうだ。ひとつ言い忘れていた事がありました。あの魔鏡ですが…」

「ん?」

「井戸から回収して浄霊した後、何故か、歴史資料館に展示されていたんです。」

「歴史資料館!?」

「えぇ。クライアントが地元の実力者だったとかで…。依頼人のたっての希望で、何やらそんな事に…。」

 そう言って、蒼摩は短く嘆息する。

「その資料館の管理人が、非常に几帳面な方で…鏡を持ち出すまでに、細々とした手続きがあったんです。それで、参じるのがすっかり遅くなってしまいました。申し訳ありません。」

「いや、良いんだ。大変だったね。所謂る『大人の事情』ってやつ?」

「まぁ、そんな處ろです。当時の資料によれば、鏡には、これといった邪気も感じられなかったので、詳しい調査もせずに、クライアントに引き渡してしまったようです。天魔の依代とも知らず…あまりにも不用心でした。本当に申し訳ありません。」

「ううん、もう良いんだ。蒼摩が機転を利かせてくれたから、今度の件も無事に解決出来たんだし…それに、『来て欲しい』と願った時に、蒼摩はちゃんと来てくれたじゃない。それで充分だよ。」

 そう云うと。
彼は一瞬、驚いた様に目を見開いた。

「いえ僕は、何も…。」

蒼摩が珍しく動揺している。
象牙色の頬がほんのり上気して…何やら可愛いらしい。

 ボクがクスリと笑うと、彼は切れ長な眼をパチパチと瞬かせて、視線を反らしてしまった。

「あ、あの…。僕が言いたかったのは、そういう事だけじゃなくて…」

「うん、なに?」

「六星一座が天魔を相手に闘うのは、実に数百年振りですから…。皆、不馴れである事は間違いありません。だから、その…。こういう手抜かりも、まま有ると思います。首座さまも、後で《天河抄》に軽く目を通してみて…頂ければって……。」

 そう言いながら、少しずつ俯いてゆく横顔は何処かあどけなくて…初めて、彼が年相応の少年に見えた。

「有難う、蒼摩。読み返してみるよ。」

 素直にお礼を言って、ボクは彼の手を取った。

「すぐにまた会えるよね?」
「えぇ…近い内に、必ず。」

 華やかな笑みを残して…。
姫宮蒼摩は、帰って行った。