──こうして。向坂紫は、父と兄と共に在るべき場所へ帰って行った。

長い様で短かった『添い寝体験』も、これでお終いかと思うと、何やら少し寂しくもある。

 紫は、もう独りで眠れるのかな?
闇を恐れず、穏やかな夜を過ごせるだろうか??

これから迎える幾つもの夜が、紫にとって安らぎに満ちた時間でありますように…。

去り行く車影を見送りながら、ボクは心からそう願った。

 向坂親子を山門まで見送り屋敷に戻ると、玄関先で、帰り支度を済ませた蒼摩に出会した。

「首座さま、丁度良かった。一言ご挨拶をと思って探していたんです。」

「蒼摩…帰っちゃうの?」

「はい。父を待っていると遅くなりそうなので。」

「そう…そうだよね。」

 みんな帰ってしまうのか──。

当たり前の事なのに…今日は一際、別れが辛い。色々な事があり過ぎて、同じ苦難を越えた皆が『家族』の様に思えてしまう。

 こんな風に感傷的になるなんて…。
ボクは一体、どうしちゃったのだろう?

 独りでセンチメンタルに浸っていると、蒼摩が困った様に微笑んだ。

「あの…そんな顔なさらないで下さい。すぐにまた会えますよ。」

 蒼摩の冷たい指が、慰める様にボクの頬を撫でる。だけど…優しくされると、余計に寂しさが胸に迫って、涙を堪えるのに苦労した。

いつぞや、一慶に言われた様に…。
ボクは無理矢理、笑ってみる。

頑張って笑顔を作っているのに、どうして口元が歪んでしまうのだろう?

それでもボクは、蒼摩に向かって笑って見せた。

 …不思議なもので。
やってみると、これが意外に効果がある。

沸き上がる感情を、多少なりとを抑える事が出来た…様に感じた。便利な『おまじない』を教えてくれた一慶に、感謝しなければ…。

ほんの少しだけ、そう思う。