「篝ちゃんだけどね…」

 ボクの視線を軽く受け流して、祐介は不意に話題を変える。

「…篝が、何か?」
「暫く、ウチで預かる事にしたから。」
「そうなの?」

「あぁ。天魔の毒気が抜けるまで、少し時間が掛りそうだからね…。仕事の合間に、僕が診るよ。」

「そんなに重いの!?」

「そうだね。一時的とは言え、天魔の依代になった訳だから。通常、天魔が生身の人間に取り憑く事は無い筈なんだが…薬子は怨霊化していた様だし、人に憑依する事もあるのかも知れない。ただ、その割には強い毒気もあって厄介なんだ。」

「ふぅん…そうなの。」

 正直、言われている事の半分も理解出来なかった。キョトンとしているボクを尻目に、祐介は尚も続ける。

「キミ、よく平気だね?あんなものを自分の中に取り込んだりして…。神子は、体の作りまで違うのかな?…と。いや、違うか。」

 祐介は、ボクの手を取って眺めた。

「火傷している…。済まない、僕とした事が気付かなかった。」

 火傷…?
言われて、改めて自分の掌を見た。

「何ともないよ。痛みも無いし…。」

「目に見えない火傷だ。金目じゃないと視えないかな?これも治して措かないと。」

 祐介は、ボクの掌にフッと息を吹き掛けると、記号の様な文字の様なものを書いた。

細い指先が、するする動いて擽ったい。
思わず手を引っ込めようとしたら、『我慢しなさい』と一喝された。手をガシッと掴まれる。

「全く…天魔を直接触るなんて。本当に無茶ばかりするね、キミは。」

「一慶にも言われた。ボクは、やる事為す事が無茶苦茶だって。」

「ふぅん…カズがね。」

 不機嫌に鼻を鳴らすと、祐介はパン!とボクの掌を叩いた。

「はい。治療は、これでおしまい!」
「っ!!…痛ぁ…」

ピリピリとした痛みに続き、掌に冷たい金属が乗せられる。

 それは──鎖の切れた羯磨のペンダントだった。ボクは、またひとつ忘れ物を思い出す。

「駄目な飼い主だな、眷属を放っておくなんて。白貂の『テンちゃん』だっけ?」

 朗らかに祐介が笑う。

「大事に育てると良い。可愛いペットを置き去りにしちゃいけないよ?」

「うん…有難う、祐介。」

 テンの事も忘れていたなんて…。
ボクは、飼い主失格だ。

羯摩のペンダントを撫でながら、「ごめんね」と呟く。