──ボクはもう、すっかり食欲を無くしていた。料理と一緒に、気持ちまで冷めていくのが解る。

田舎育ちのボクには、あまりにも非現実的な話ばかりで…いっそ目眩すら覚えた。これが全て真実だとしたら、もうボクのキャパでは受け留め切れない。

…それ程、大容量の情報だ。

 もう、このまま帰っちゃおうか???
そんな事を考えていたら、不意に廊下から控え目な声が掛かった。

「失礼致します。」

 そう言って。若いお手伝いさんが、遠慮がちに襖を開ける。

「祐介様がお見えになりました。」

「やっと来たか!すぐ席を用意してくれ。メシもな。」

「畏まりました。」

 丁寧に頭を下げると、女中さんは手早く座布団を用意した。

祐介──?
祐介とは、もしや。

「坂井…祐介?」

 ボクが呟くと、隣で食べていた一慶の箸が一瞬、ピタリと止まった。上座のおっちゃんが、クイッと盃を煽って此方を向く。

「薙は、もう祐介と会ったんだよな?」
「うん…まぁ。」

「じゃあ、話は早ぇや。自己紹介は要らねぇな。」

 おっちゃんが、頬をポリポリ掻きながら独りごちた時である。

「それは無いでしょう、孝之さん。」

ボクの頭上に、聞き覚えのある涼やかな声が降って来た。

「面識はありますが、僕らは事実上、初対面みたいなものですからね。ちゃんとしませんか、そういう事は。」

 振り返れば…いつの間に入室したのか、豪奢な鳳凰の襖を背に話題の人が立っていた。

 明るい色の髪。涼しげな眼差し。
堅苦しさを感じさせた眼鏡はとうに外されていて、ラフな服に着替えている。

それが又、憎らしい程に洗練されていた。
薄紫のカッターシャツに、涼しげな淡いグレーのネクタイ。同色のパンツをスッキリと着こなす細身のスタイルは、見事という外ない。

何気無いコーディネイトなのに、全てが計算されていて…まるでファッション誌のモデルの様だ。

 その姿に不覚にも見惚れていると、隣の一慶が、わざとらしく咳払いをして着席を促した。それに気付いた祐介が、冷たい視線を彼に返す。

チラと目線を上げた一慶との間で、一瞬、激しい火花が散った…様に見えた。

 凍り付く様なこの空気を、おっちゃんは、まるで解っていない。見ている此方が不安になるほど、無頓着だ。