思わずギュッと目を瞑った途端、右の瞼に、ふわりと柔らかいものが触れた。

…祐介が、ボクの瞼に口付けている。

「ノウマク・サマンダ・バザラダン・カン」

 囁く様な真言が聞こえて、左の瞼にも唇が触れた。

これは…なんだろう?
目の奥から力が抜けて行く─…。

 ややあって。
祐介が、耳元で囁いた。

「キミ、ちゃんと《術解き》をしなかったろう?金目が少し残っていたよ。」

「あぁ…そう言えば…」

 術を解くのを、すっかり忘れていた…。

《金目》の力には、時間制限がある。
ボクの体力に連動しているから、放って措けば勝手に元に戻るけれど…。

ちゃんと術解きをして措かないと、やはり体に負担が掛かる。

充分理解していた筈なのに、色々な事があり過ぎて、そこまで気が回らなかった。

「忘れちゃいけないよ?術が掛かったままだと、どんどん体力が奪われるからね。」

 そう云うと、祐介はそっと体を離した。

解放された途端、ボクは急に腰が抜けてしまう。思わずその場にヘタリ込むと、意地悪な『お医者さま』は、涼しい顔でボクに訊ねた。

「どうしたの、ぐったりして?」

 放心状態のボクを見て、祐介はくつくつと肩を震わせる。

「ごめんね。期待しちゃった?」
「きっ、期待なんかしていないっ!」

「はいはい、解ったよ。そんなに拗ねないで。この続きは、いつかまたね?」

「続きなんて要らないから!」
「そうなの?残念だな。でもね、薙。」
「な、何?」

「暫くは大人しくしていて欲しいな。僕も夜勤が続くし…キミに何かあっても、今みたいに、直ぐに駆け付けてあげられないかも知れない。」

「…ぅ…うん。」

 それもそうだ。
祐介は内科の医師で、仕事と行者の二足の草鞋を履いている。いつも傍に居て貰える訳じゃない。

「ちゃんと良い子にしていないと、もっと酷いお仕置きをするからね。」

『お仕置き』…??

何て、悪趣味な冗談だろう。
憎らしい程の澄まし顔で、そんな事を言う祐介を、ボクは上目使いで睨む事しか出来なかった。