そんな事を考えながら、ボクは回廊を渡った。

篝が収容された場所は、以前ボクが使っていた西の対の客室だ。ほんの少しだけ懐かしい気分で、室内用のインターホンを鳴らす──けれど。

いつまで待っても、篝の返事は無かった。
少し考えてから…ボクは、そっと部屋の扉を押し開ける。鍵は、掛かっていなかった。

 足音を忍ばせて中に身を滑りこませれば、見馴れた和室の中央に、風雅な几帳(キチョウ)が立てられている。

その向こう側に、真っ白な組布団に横倒わる少女の姿が見えた。

「…篝…?」

 呼び掛けてみたけれど、やはり返事は無い。
代わりに、スウスウという小さな寝息が聞こえてきた。

余程、疲れているのだろう。
ぐっすりと寝入っている。
…ボクは、傍らに座りこんで、静かに彼女を見下ろした。

 今回、一番症状が重かったのは篝だった。
…こんなに窶(ヤツ)れて、可愛そうに。

ボク自身も、初めて天魔と対峙した訳だが…直接それに触れてみて、そのあまりの不快感と侵食の早さとに驚いてしまった。

まさか、あれ程のものだったとは──。
弱体化していた薬子でさえ、未だこんな影響力を持っているのだ。

これがもし、第六天魔だったら…?
そう思うと、全身に冷水を浴びた様な気分になる。

「…ごめんね、篝。」

 硬く眼を閉ざす少女に、ボクは詫びた。
直ぐ傍にいたのに、天魔の動きに気付けなかった。

もっと、周囲に気を配るべきだった。
ボクは、まだまだ配慮が足りない。
自分の身を護る事に精一杯で、何のフォローも出来なかった。

 今のボクには、誰も護れない。
己が無力を痛感して我知らず唇を噛む。