「まさに、暗黒の時代やな。」

 宗吉翁は遠い目をして独りごちた。

「じゃあ、信長の依代だった梵鐘も、軍に差し出されたのかな?」

「いや…取り上げられる前に、別の依代に遷し換えたんだろう。それも、六星以外の『誰か』にだ。そのまま奪われてしまったという可能性もある。」

 ボクの疑問に答えをくれたのは、一慶だった。だが…

「奪われた?」

「あぁ。あくまで仮説だがな。」

「でも待って。信長の本体が、梵鐘と共に溶かされたという可能性は…?」

「無いね。」

 一慶は、膠(ニベ)も無く言い放った。

「もしそうなら、依代を失くした天魔が、好き勝手に暴れ回って、とっくにこの国を滅ぼしているさ。今の様な、急速な復興や繁栄は無かった筈だ。天魔に滅ぼされた国に再生の道は無い。」

 そうか…。ならばやはり、この世の何処かに信長の依代は存在しているのだ。

「これが何を意味するか解るか、薙?」

黙り込んだボクに、一慶が問い掛ける。

「これ程重要な事柄が《六星天河抄》に記載されていないのは、どう考えても不自然だ。当時、文書番が不在だったか──若(モ)しくは、誰かが依代を持ち去ったのか。恐らく、そんなところだろう。」

「お前さんの云う通りや、いち。」

 宗吉翁は大きく嘆息すると、難しい顔で腕を組んだ。

「…当時は、一座の若い衆が軒並み国の徴兵を受けて、大半の男が兵役に就いた。強制やよって、病気でもない限り断る事も出来ん。日本男子たる者、皆お国の為に闘わなあかんという時代や。六星一座も然(シカ)り。兵役を免れたんは、当主と四天くらいやろ。そんな時代やから、依代の監視が多少甘なっても致し方無い。一座に隙があったとしたら、当(マサ)にその頃やろな。」