ボクは痛みを堪えて、更に『奥』へと手を挿し込んだ。ズブズブ…と泥濘に沈み込む様な感触の後、温まった指先が、薬子の霊体に触れる。

「うっ!」

 刹那、指にジリリと痛みが走った。
まるでドライアイスに触れた時の様に…。

天魔の《霊体》は、氷の様に凍てついている──だが。ボクは、迷わずそれを握り締めた。

 掌の中で、薬子の《霊体》が激しく身悶えする。霊縛されているのに、まだこんなに抵抗出来るなんて…。

天魔の底知れぬ力に戦慄を覚えながらも、ボクは毅然とした態度で、薬子と対峙した。

(聞こえるか、藤原薬子?)
『妾を離せ、無礼者!』

(お前の霊体は、ボクが完全に掌握した。このまま握り潰されたくなかったら、吾が問いに答えよ)

 ややあって、薬子は不承不承に応えた。

『…何が知りたい?』
(お前の主は、今何処にいる?)

『知らぬ。』

 予想通りの答えが返ってくる。
ボクは、握り締めた手に力を込めた。

『ぅぐぅっ…や、やめろ、小娘っ!』

 薬子が苦悶の声を挙げる。

ボクの掌にも、焼ける様な痛みが走った。

(苦しいだろう?ボクは本気だ。実体の無い天魔など、神子であるボクの敵じゃない。お前の如き出来損ないの天魔は、今ここで調伏しても構わないんだ)

『天魔を調伏など、出来るものか!』
(出来る。今のお前なら伏せ込める!)

 その言葉に…薬子は、束の間沈黙した。