意識を極限まで研ぎ澄まして、ボクは慎重に薬子の霊体を取り込んだ。

 ゾワリ。

背筋を走る悪感と共に、天魔が口から入って来る。

ビクリと体が震えた。
その内、全身がワナワナと震え出し、ボクは堪らず篝の体から飛び退いた。

 何だ?目眩がする。
まるで、遅効性の猛毒が、ゆっくりと体内を廻る様な感覚…。

体の内側に、無数の毒蛇が棲み付いた様だ。
気持ち悪い。吐気がする。

「ぅ…、ぐふ…っ!」

込み上げる嘔吐と涙に、ボクは思わず両手で口を塞いだ。

 これは酷い──。
凄まじい妖気に当てられしまう。

ボクの体の自由を奪うや否や、瞬く間に魂魄を侵蝕してくる薬子の影。

 なんて乱暴な─…
これが《天魔》という存在なのか?
まるで凌辱を受けた様な魂の痛みに、涙が流れて止まらない。

《分霊術》で真織の魂を呑み込んだ時とは、比較にならない程の強烈な毒気──。軽く触れただけなのに、心の奥底まで真っ黒に染められていく…。

 激しい目眩に、とうとうボクは立っていられなくなった。背を丸めて蹲(ウズク)まり、そのまま沈み込む様に畳に転がる。

「薙!」
「薙!?」

 真っ先に駆け付けたのは、祐介と一慶だった。

歪む視界の片隅に、祐介のワインカラーのシャツの腕が見える。ボクは咄嗟に、その袖を掴んだ。

「祐、介…。篝を…お願い。」
「しかし、キミの方が──」
「ボクはいい…篝を…看てやって…」

「だが」
「頼むから!」

 語気を荒げると、流石の祐介も沈黙してしまった。

「お願いだから、そうして。早く…癒さ…ないと…命に、関わる。天魔の穢れ、凄い…」

「それはキミも同じだろう!?」
「…ボクは…未だ、やる事が…ある」

 必死に訴えるボクを、祐介は複雑な表情で見詰めていた。──が、やがて諦めた様に小さな嘆息を洩らすと、フワリと篝を抱き上げて、静かにその場を離れて行った。

良かった…。
これで、篝は救われる。