紫の足元で、千切れた羅刹の残骸が、立ち上る煙の様に、いとも儚く消えてゆく。

「何だよ、紫の野郎…。美味しいとこ全部一人で持って行きやがって…!」

 一慶に支えられながら、烈火が苦し気に悪態を吐く。血色の悪い顔には、彼らしい不敵な笑みが浮かんでいた。

「烈火!」

 駆け寄るボクに、彼は『大丈夫』とでも言う様に、片手を挙げて応える。

「ごめんな、薙。みっともねぇとこ見せちまった。お前には、俺の一番格好良い所を見せてやるつもりだったのにさ。」

 気まずく鼻頭を掻く烈火は、もういつもの調子に戻っている──すると。

宗吉翁が、自分の腰と肩をトントン叩きながら、首だけ回して烈火を見遣った。

「アホ。せやから云うたやないかぃ。羅刹は、あれで意外と厄介なんや。」

 往年のエースは、烈火の無謀を『アホ』の一語で、辛辣に切り捨てた。酸いも甘いも噛み分けた大先輩には、火の当主も頭が上がらないらしい。

「ま…えぇ勉強になったやろ。傲りと侮りは、行者の命取りや。その程度の怪我で済んで有難いと思わな。次も上手くいくとは限らんのやさかい。気ィ付けなはれや、兄ちゃん?」

 老人の痛烈な皮肉が決まり、皆がホッと一息吐いた…その時だった。

「…あな口惜(クチオ)しや…し損じたか…」

 ボクの背後で地の底から響く様な、薄気味悪い声がした。篝が、うすら笑いを浮かべながら一歩また一歩と、此方へ歩み寄って来る。

 様子がおかしい。
まるで別人の様な顔付きだ。
これは一体…?

「首座殿。そちが今世の金剛首座かえ?」

 そう言って、ボクを見据える篝。
いや。これはもう蔡場篝では無い。

『何か』が、彼女の体に入り込んでいる。
暗い眼差しの奥底には、全く別の魂魄が宿っていた。

「お前は誰だ?──名乗れ!」

 誰何(スイカ)した途端。篝の体に憑いた者は、片側の口角をニッと吊り上げ、剣呑な微笑みを履いた。

「笑止な。わざわざ名乗らずとも…妾が何者であるか、既にお解りであろう。のう?六星一座の金剛首座殿??」

「お前は、天魔か?」

「如何にも。妾は既に、人に非ず。今は《第六天魔界》に在りて、永久の欲楽に生きる者…。」

遂に、天魔が顕れた。
この悲劇のシナリオを書いた黒幕。
人の世に破壊と混沌を招く…《禍星》。