「─────!!」

 …辺りが、急に静かになった…。
喰われる覚悟で咄嗟に身を固くしたけれど、当然やって来る筈の痛みや衝撃が無い。

 一体、どうしたのだろう?

不安の中、恐る恐る目を開けると、ボクを覗き込む涼やかな視線と出会(デクワ)した。

「大丈夫かい、薙?」
「祐介…。」
「怪我は?」

「大丈夫…みたい。」
「それは良かった。」
「うん、ありが」
「まだだよ。まだ終わっていない。」

 言葉を途中で遮られて、緩み掛けた意識が、緊張で一気に張り詰めた。

「キミは、僕の後ろに隠れて。絶対に手を出しちゃいけないよ?」

厳しい口調でそう言い措くと、祐介が視線を前に戻す。

 其処には、岩山の様に蹲(ウズクマ)る羅刹の巨体があった。盛り上がった筋肉の鎧を、ぴくぴくと痙攣させている。

向こう側では、烈火が一慶に助け起こされていた。彼の右口角には、血の川が一筋流れている。

「包囲する。守護結界を張れ!」

 機を穿(ウガ)つ様に、庸一郎が再戦の声を上げた。

神崎右京が透かさず印を切る。
風天の陀羅尼(ダラニ)を唱えると、忽ち小さな竜巻が起こった。羅刹の周りを、風の鬘幕(マンマク)が覆う。

「篝ちゃん、霊縛して。」
「はい!」

 紫の指示で九字を切る、篝。
途端に、羅刹の動きがピタリと止まった。
紫がスイと前に出る。

「鬼は鬼らしく、在るべき場所に還れ!」

怒気を孕んだ声で詰(ナジ)ると、紫は毅然と印を結んだ。

「ノウマク、サマンダボダナン、ベイシラマンダヤ、ソワカ!」

 真言を唱えた刹那、羅刹を取り巻く風が、鎌鼬(カマイタチ)の様に五体を切り裂く。

ブシュ……ブシュシュ!

「ギャアアァ!」

 短い断末魔の声と共に、羅刹の体が千々に裂かれた。青い畳の上に、ボトボトと肉塊が落ちる。

 一瞬でバラバラになった羅刹を見下ろし、《土の星》の次期当主は、冷たく言い放った。

「薙を苛めるからだ。嫌いだよ、鬼なんて。」