強(シタタ)か壁に打ち付けられた烈火が、壁伝いにズルリと落ちる。ボクは、思わず身を乗り出して叫んだ。

「烈火!」

 その途端、羅刹が此方を振り返る。
ボクを捕らえた紅い三眼が、ギラリと妖しい光を帯びた。

『しゅ──しゅ、ざ…』

 なに…?
こいつ──今、喋った…??

『しゅ…ざ、の──に・く』

 それは、紛れもなく羅刹の声だった。
原始的な思考が、頭に直接流れ込んで来る。

厭な感覚だ。得体の知れない獣に、体中を舐め回されている様で、怖気(オゾケ)が走る。

『よ・よこせ…しゅざ、の──』

 羅刹は、頻りに何をか訴えていた。

血に飢えた瞳には、恐怖に凍り付くボクの顔だけが映っている。此方に向かって延べられた腕が、虚ろに宙をさ迷った。

「よこせ。しゅざの・にく、よこせ…!!」

 羅刹は、物凄いスピードで突進して来た。
逃げようと周囲を見回したが、運悪くボクの立ち位置周辺には、これと云った逃げ場が無い。

 後退りした背中がドンと壁に当たった。
そのままズリズリと横移動する。

あと、ほんの数歩先に床の間が見えたが、其処へ駆け込んだ處ろで、益々行き場を失うだけだ。

どうする?どうすれば良い!?

「首座さま、逃げてっ!」
「首座さま!!」
「薙っ!」

皆が一斉にボクを呼んだ。

「何してんだ、馬鹿!逃げろ!!」

一慶の叱咤が飛ぶ。
だけどもう足が動かない。
まるで金縛りに遇った様に、その場に釘付けになってしまう。

 フゥゥ!
グアァァァ!!

羅刹が、大口を開けて牙を剥いた。

(喰われる!?)

 …思わず目を閉じた、その刹那。

「オン、ランケン、ソワカ!」

 真言を唱える声と共に、何かがバン!と弾ける音がした。部屋全体に衝撃波が走る。