「油断するな、烈火。」

一慶が注意を促した、その時である。
羅刹がムクリと起き上ったのは。

 半分砕けた腕が、肩先からズルリと抜け落ちる。

刹那──
ドス黒い血の塊と共に、血管の糸を長く引いた右腕が、ゴロリと畳の上に転がった。腐った肉の匂いが立ち込める。

フウゥゥ…
シュウウゥ──

 瀕死の鬼は、奇妙な唸り声を挙げながら立ち上がった。その体は見る見る内に、天井いっぱいを覆う大きさになる。

 これは、『実体』だ。
霊体と違って、手に触れる事が出来る。
鬼など、架空の存在だと思っていたのに…
まさか、こんな風に実体化するなんて!!

 改めて見上げたその姿は、まさに鬼そのものだった。

怪しく光る、三つの紅い眼。
大きく開けた口から、無数の牙が覗いていた。

「なんだぁ!? コイツ、まぁだ生きてやがるぜ!」

 烈火は、一瞬驚愕の表情を見せたが、直ぐに不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「この死に損いが!これでも喰らって、サッサとくたばれ!!」

 高らかに叫ぶなり、羅刹に向かって、強烈な蹴りを繰り出す。バキッ!と骨の折れる音がして、鬼は大きく片膝を着いた。

「烈火、迂濶に手を出すな!」

「うるっせーんだよ、一慶!大体こんな奴、真言を唱えるのも勿体ねぇ。見ろよ!充分、利いてやがるぜ?!」

 一慶が止めるのも聞かず、烈火は次々と拳を繰り出した。

「コイツらが実体でいられる時間なんて、どうせ僅かの間だけなんだ!!今の内にボッコボコに殴り倒してやる。大人しく死んどけ、おらぁ~っ!」

 激しい拳の雨が降る。
羅刹の体が大きく沈み、変形した。

「やめないか、烈火!」

 烈火のあまりの傍若無人ぶりに、鷹取が後ろから羽交い締めにして、烈火を止める。

──途端に、羅刹の巨体がドゥと倒れた。

「…離せよ、おっさん。」

 鷹取の腕を乱暴に振り解くと、烈火は顎を聳(ソビ)やかして言う。

「羅刹ごときに、何ビビってんだよ!? アンタ等、行者だろ?? びくびくしてっから、鬼に付け入られるんだよ!!」

 得意気に鼻を擦る烈火だったが…。
彼が思う程、事は簡単に運ばなかった。

 羅刹が、猛攻撃に出たのである。

『うおぉぉお!!!』