玲一の体から抜き取られた《狐霊》は、無惨に食い千切られ、首から下が無くなっていた。

狐霊と同化した千里の魂…。

《狐》でありながら、『人間の味』がするそれを、羅刹は思う様喰い尽くしてしまった。僅かに残った狐の頭部を、傍らのテンがペロリと飲み込む。

 羅刹は、ゆっくり目覚めようとしていた。

ウゥ、シュウ──
ウゥゥ、シュウ──

鼾(イビキ)とも、呻き声ともつかぬ不気味な声。
閉じた瞼がピクピクと痙攣している。

 食人鬼、羅刹(ラセツ)。
怖(オゾ)ましいその姿を、何と形容したら良いのだろう?

小豆色の肌。
麻の様に乱れた髪。
隆々と盛り上がる筋肉の鎧を纏った、岩山の様な体。表情の無い顔には、三つの眼が付いている。

 『鬼』と呼ばれるものの実際を──ボクは、この時初めて目の当たりにした。

予想外に体が小さい。
だけど、決して侮ってはならない。

彼等は、自らの意志で自在にスケールを変える事が出来るのだ。今は、ほんの仔猫程の大きさだが、それは彼等の真の姿ではない。

 何より。
羅刹は、人肉を喰らう鬼だ。
危険な存在である事には変わりない。

「幸い、羅刹はまだ半覚醒状態だ。今の内に仕留めよう。」

 霊視を終えた庸一郎の言葉に、一同は速やかに行動を開始した。降伏に長けた五人の行者が、東西南北に分かれて立つ。

各方角を守護する《五大明王》の力を借りて、魔障を屈服させるのだ。

北に金剛夜叉明王(コンゴウヤシャミョウオウ)。
東に降三世明王(ゴウサンゼミョウオウ)。

西に大威徳明王(ダイイトクミョウオウ)。
南に軍荼利明王(グンダリミョウオウ)…そして。
中央に不動明王(フドウミョウオウ)。

《五大尊》とも呼ばれる憤怒(フンヌ)の仏を招き入れる為、一斉に合掌印を結び、観音経を唱える。そうして、徐々に全員の呼吸と力を併せてゆくのだ。

 一方。

紫、篝、庸一郎の三人は、それを取り囲む様に立ち、鬼を討ち漏らさない様、援護の態勢を取る。

攻守を兼ね備えた完璧な陣形だ。
一座きっての行者達が、その祈りを結集する。

 ボクはそれを、一番後方で見守っていた。