不動明王の慈救咒(ジクジュ)を、三度唱え終わった時だった。

 プツリ。

『音』にならない『音』がして、脆くなった真織の魂魄が、呆気無く二つに分かれた。思いの外すんなりと剥離が成功して…ボクは、安堵の溜め息を吐く。

 そのまま静かに体内から引き抜こうとした──当《まさ》に、その時だった。

「う…くっ!」

 突然、真織がビクンと身を強張らせた。
合掌印が解け、ボクの左手を強く握り返してくる。

「痛いの、真織!?」
「…いえ…大丈夫です。続けて…下さい。」

 真織の顔が苦痛に歪んだ。
魂魄を引き抜かれる際、肉体に強い疼痛が起きる事は、予期された現象だった。

 だけど──。

「構いません…どうかお気になさらず」
「でも」
「続けて下さい。耐えて見せます…」

 そう云って弱々しく微笑む真織の額には、玉の様な汗が滲んでいた。

一体、どれ程の痛みに耐えているのか。
想定内の事態とは言え、ボクは躊躇《タメ》らわずにいられなかった。

 やはり厳しい…。
禁忌の術の怖さを、改めて実感する。

この秘法が、百年以上も行われなかった理由が、今なら解る気がした。

 修練では、魂に触れるところまでしか、シミュレーション出来ていない。ここから先の行法は、全てイメージトレーニングのみで擦り合わせしたものだ。

 予期せぬアクシデントも起こるだろう。
その苦境に…果たして、真織の精神は耐えられるだろうか?

 ボクの決意は揺らぎ始めていた。

これしかないと心を決めた筈なのに、苦しんでいる彼の姿を目の当たりにすると、これ以上進めて良いのか二の足を踏んでしまう。

未知の領域を前に、ボクは迷い悩んだ。

「続けろ、薙。」

 力強い声に、ふと顔を上げる。
すると、一慶と祐介が真織の体を両側から支えて、真っ直ぐにボクを見ていた。

「一慶…」

「ここで辞めてどうする?痛みは、引き抜く一瞬だけだ。思い切ってやっちまえ!」

 それは…そうだけど。