「真織。この狐を貰うよ?」

 彼が小さく頷くのを確認してから、ボクはテンを呼び寄せる。

「テン、あれを捕まえておいで。」

ピィ!と一声挙げるや否や…白貂の眷属は、ボクの手の先を伝って、真織の中へと姿を消した。

 ──ややあって。
テンはボクの命を遂行し、戻って来た。

失神した狐の喉笛を咥え、真織の胸の辺りから、ピョンと飛び出して来る。

刹那。
裁定者の間から、賛嘆のどよめきが起きた。

 こんな風に、異空間を自在に行き来できるのが《眷属霊》の利点である。昨夜一晩じっくりと修練を重ねたお陰で、テンはもうすっかり、それをマスターしていた。

それが又、裁定者達を驚かせたのである。

「驚いたな…白貂が狐を伏せ込むとは。」

 神崎右京は、感心した様に唸った。

「白貂の霊格が、狐霊を上回ったのだ。良く…飼い馴らされている…。」

姫宮庸一郎が、それを冷静に分析する。

 行者達の驚きを尻目に、テンは興奮気味に首を振り、咥えた狐霊を何度も何度も、畳に叩き付けていた。まるで、玩具にじゃれつく猫である。

稲綱狐は、グッタリ萎えたまま動かない。
伏せ込まれて、霊力も尽きたのだろう。

「テン、おやめ。それはもう動けない。」

 ボクが命じると、テンは、伸びた狐を足元に置き『キィ!』と鳴いて目を細めた。何をか頻りに催促している。

「ご苦労様、良い子だね。この狐はご褒美として、お前にあげるよ。」

 ボクの言葉に、白貂の眷属は、嬉々として赤い瞳を煌めかせた。『待ってました』とばかりに口を開け、稲綱狐を一飲みにしてしまう。

「きゃっ!」

悲鳴を挙げたのは、篝だった。
その隣では、烈火が嫌悪感も露わに呟く。

「──この白貂、《魂喰(ミタマグ)らい》だったのか。スゲェな、初めて見たぜ。」

 《魂喰らい》とは、文字通り、魂魄を喰らう神の事だ。一慶に依れば、数有る神霊の中でも、極めて稀な特性であるらしい。

 テンは、当にそれであった。

自分の倍もある大きな狐霊を、アッと云う間に平らげるや、満足そうに舌舐めずりをする。

そうして。呆気に取られる一同を余所に、やがてボクの足元に身を丸め眠ってしまった…。