「あぁん、孝ちゃん!苺は?苺も褒めてよ、超頑張ったんだからぁ!」

「苺も良く頑張った。ご苦労さん!」

 頭を撫でて貰った苺は、『わぁーい!』と叫んで、おっちゃんに抱き着く。まるで、大木にじゃれる猫の様だ。

「あの…おっちゃん…?」

 和気藹々な空気の中、独り疎外感を覚えて話し掛ければ、おっちゃんは悪気の無い笑顔で言う。

「お、悪い悪い。腹が減っただろう?先ずはメシにしよう。詳しい話はその後だ!な!?」

「…うん、いいけど。」

ボクは、おっちゃんの後に続いて、邸内に足を踏入れた。

 初めて見る本家の玄関は、まるで温泉旅館の様な広さである。格子状の三枚扉をスラリと滑らせると、中から微かな冷気が漏れて来た。

仄かな芳香が、ふわりと鼻孔を擽る。

「良い薫り…」
「白檀(ビャクダン)だ。気に入ったか?」
「うん。」

 他愛無い会話の後、白檀の薫りに導かれる様に、ボクは甲本家の敷居を跨いだ。すると次の瞬間、視界が真っ暗な闇に閉ざされる。

「あ…」

 思わず声が洩れてしまった。
明るい陽射しの下から、急に暗い屋内に入った所為で、視覚が狂ったのだろう。暗くて何も見えない。

「手を貸そうか?」

 そう言う一慶の申し出を、ボクは丁重に断った。不意に訪れた変化にいつまでも慣れないまま、そろりそろりと前進する。覚束無い足取りで一歩二歩と進んだ途端、上がり框の少し手前で躓いてしまった。

体が、フワと宙に投げ出される。

「おっ…と!」

 前に傾いだボクを、一慶が素早く受け止めた。


「大丈夫か?」
「あ…りがとう。」

 先程から、一慶は何度もボクに『大丈夫か』と訊ねる。きっと頼りなく見えるのだろう。確かに今のは少々、情けなかった。我ながら危なっかしい気がする。あまり心配を掛けない様にしなければ…

ボクは気合いを入れ直した。