誰かが肩を揺すっている事に気付いたのは、一寝入りしてからの事であった。

誰だろう、煩いな。
未だ眠っていたいのに…。

渋々の体で目を開けると、極めて近い位置に、見慣れた笑顔があった。

「やっと起きた。」
「ん──、あれ…祐介…?」

「気持ち好く眠っているところ、本当に申し訳ないんだけど。そろそろ起きた方が良いんじゃないかな?お昼だよ。お腹空いていない?」

「え?お昼っ!?」

 ガバと跳ね起きたら、祐介の手が伸びて、背中を支えてくれた。

「うそ……寝過ぎた…。」

今日は、午前中から《天河抄・五之巻》の修練をしようと思っていたのに…。

 茫然としていたら、傍らで祐介がクスクスと笑った。

「カズから、大体の事情は訊いているよ。昼食を済ませたら、僕が修練に付き合うからね…安心して。」

「そうなの…。一慶は?」

「仕事。今日は午前から何人か、レッスンの予約が入ってるらしい。」

 『仕事』──ピアノ教室の?
昨夜、徹夜だったのに…。

「もしかして、カズの方が良かった?僕じゃ役不足かな??」

「ま、まさか!そんな事、全然…」

 何を言い出すんだろう、祐介は?
しかも、こんなに近くに綺麗な顔がある。
寝起きのボクには刺激が強過ぎる。

「そう云えば、紫は?」

 居堪れない気分で話題を振れば、祐介は、少し残念そうに顔を遠ざけて言った。

「本堂だよ。朝からずっとだ。熱心だね、彼も。感心するよ。」

 紫──。
今日も本堂で、読経に明け暮れるのだろうか?

ボンヤリしていると、不意に祐介がポンと肩を叩いた。

「さぁ…起きた起きた!僕等も行かないと。時間が勿体ないよ?」