静かに目を閉じると、直ぐに一慶の指導が入る。

「昨日、向坂の離れで、真織の狐を祓っただろう?…あの時の感覚を、思い出せるか?」

勿論、覚えている。
ボクは、記憶を辿る様に祈り始めた。

 先ずは、白い月を想い描く。

欠ける事無き、全(マッタ)き『満月』だ。
それが、どんどん大きく強く輝きを増す様子を想い浮かべる。

 途端に、キン!と耳鳴りを感じた。

「《月》が見えたか、薙?」
「…うん。」
「それが、お前の《仏》だ。」

 一慶の声が、遠くに聞こえた。
真っ白な光を放つ、大いなる『満月』。
…これが、ボクの仏。

「そのまま、ゆっくり月を引き寄せろ。そうして、自分の中に取り込む…。お前にはもう、それが出来る筈だ。」

 言われた通り。
ボクは自分の内側に、ゆっくりと《月》を招き入れた。清浄な白い輝きを、体内に取り込む。

 …あぁ、これだ。
体が、シンと透き通る様な感覚。
ボクの中の《月》が、最大限まで膨らんでいく。

「これが、月輪観(ガチリンカン)だ。お前は今、広観(コウコン)という境地に立った。ここから次の段階に誘導する。次は、お前の中の《月》を、小さく縮めてみろ。自分の心臓に重なるくらいに、小さくしていくんだ。」

 一慶の指示通り、ボクは、《月》を自分の内側に凝縮させていった。

 小さく、小さく──小さく。
やがて…或る一点で収縮が止まる。
まるで皆既日食の様に、ボクの心臓と月とが、ピタリと重なった。

 刹那。

狂おしい程の感激が、全身を満たす。
あぁ。ボクは今、確かに本尊不動明王と、ひとつになっている──!

身体の奥底から漲る生命力。
溢れる歓びに、魂が打ち震える。
これが、入我我入の境地なのだろうか…?

「良いぞ。ゆっくり目を開け。」

 何処までも飛翔するボクの意識を捕らえたのは、一慶の声だった。

言われるがまま、ゆっくりと目を開く。
ぼんやり霞む視界の中、真っ先に焦点が合ったのは、ボクを覗き込む優しい眼差しだった。

一慶が、微笑んでいる。

「金目が完成した。それが、お前の本当の『目』だよ。…良くやったな。」

 差し出された手鏡を覗き込むと…其処には、金色に輝く玉眼を填め込んだ、ボクの顔が映っていた。