再度、観想の行に就いたのは、それから小一時間後のことである。ピンと張り詰めた空気の中、ボクは本堂に座し、真摯な祈りに入っていた。

 もう迷いは無い。

夕食も摂った。入浴も済ませた。
一慶の勧めで、略式の《水行《す》も行ってみた。

初めての水垢(ミズゴ)りは、冷たさばかりが先立ってしまって…まるで『罰ゲーム』でもさせられているみたいだったけれど。それでも、どうにか無事に遣り遂げた。

 紫は、既に夢の中にいる。

一日中、祈りに祈った所為か、倒れ込む様に布団に潜ると、あっという間に安らかな寝息を立てていた。

 午前0:00、深夜の本堂。
不動明王の尊前には、清らかな灯明(トウミョウ)の光が揺れていた。

ボクは本尊と向き合う様に端座(タンザ)し、一慶は、その背後に座して、静かに祈りを深めている。

 もう少し…あと、もう少しなんだ。

先程、中途半端に変わり掛けていた《金目》は、ものの数分で元に戻ってしまった。

 …けれど。今度こそ完成させてやる!
ボクは、臍下丹田(サイカタンデン)にグッと力を込めた。

「気負うな、薙。そういう方向に祈ってしまうと《天狗霊》が憑く。」

「てんぐ?」

「そうだ。行者が祈念に入る時、己の行神力に溺れると、逆に《妨害霊》を呼び寄せる事がある。自惚れの心は、《第六天魔》にも繋がってしまうんだ。そうでなくても、加行(ケギョウ)に入った行者には、霊的妨害が顕(アラワ)れ易い。『やってやろう』と変に気負わず、あくまでも、仏と一体になる事だけを念じるんだ。」

「うん、わかった。」

 不思議な言葉ばかりが耳に飛込んできた。

加行、天狗霊、第六天魔…。

此処に来てから、ずっとそうだ。
知らない言葉、知らない世界。
戸惑い、迷い──悩んでは、また勇気付けられの繰り返し。

自分の『立場』と『気持ち』の折り合いが付けられず、いつも苛々していた。

 でも、今は違う。
『仲間』と呼べる人達がいて、その絆を大切にしたいと思い始めている。

大切な人達の為に、自分に出来る精一杯の事をしたいと…心からそう願う自分が居る。

 ボクが力になれるなら、何でも…どんな事でもしてあげたい。人々に望まれて生まれてきたのが神子だというのなら…出来る筈だ、きっと。