そして正午過ぎ──。
車は漸く、甲本の総本家に到着した。 車止めから正面玄関に廻ると、案内される迄もなく、一目でそうと判る建物が、視界一杯に飛び込んで来る。
大きい──そして、広い。
見上げた門の威容に、ボクは圧倒された。
裳階(モコシ)を纏った荘厳な屋根に、思わず息を飲む。
「何ここ…お寺?」
「まぁ、そんなものだ。」
「え!?」
「中に入れば解る。此処が、どういう場所なのか。」
そう言うと。
一慶は、先に立ってボクを邸内に導いた。
壮麗な正面大門を潜れば、一面の緑が展がっている。手入れの行き届いた日本庭園は、まるで一幅の絵を見ている様だった。
清水が流れる鑓水(ヤリミズ)。
玉砂利が敷かれたアプローチ。
漆黒の飛び石が誘う先には、平安時代の宮殿を想わせる大邸宅が鎮座ましましている。
ボクは、言葉を失った。
これが、甲本家!?
まるで、時代劇のオープンセットの中に迷い込んだようだ。
左右対称に建てられた三つの棟は、典型的な寝殿造りに設えられてある。漆喰の白壁と黒い瓦屋根が庭の松の緑に映えて…まるで版画の様だった。
風に靡く柳の枝。
中庭へと続く小路。
一番奥にある建物の屋根には、これでもかとばかりに存在を誇示する金色の九輪が聳えていて…其処が、神聖な場所である事を、無言の内に示していた。
…どうしよう。えらい所に来てしまった。
出来れば今すぐ、回れ右して帰りたい。
初めて訪れた甲本の本家──。
聞いてはいたけれど、まさかこんなに大きな屋敷だったなんて…
「薙?どうしたの、中に入るよ??」
苺に手を牽かれるまで、ボクは我を忘れて、その場に立ち尽していた。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ。」
一慶が、長身を曲げて覗き込んでくる。
「うん、大丈夫…。」
そうは言ったものの、なかなか足が前に進まなかった。
想像を絶する世界。
正直…こういう空気は苦手だ。
此処に立つ自分が、明らかに場違いだと解る。
何故、ボクは呼ばれたのだろう?
どうして母さんは、『行ってきなさい』とボクを送り出したのだろう?
解らない。全く解らない。