ボクの落胆など、とうに御見通しだった一慶は、一語一語噛んで含める様に、こう言い聞かせた。

「…大体な。俺達行者が何年も掛けて修めた法や術を、素人のお前に、たった一日でクリアされちまったら、俺達の立つ瀬が無いだろう?幾らお前が『行の天才』でも、仏の真理を瞬時に悟るなんて到底、不可能なんだよ。仏道は、頭で悟るもんじゃない。信じ、行い、体験して、初めて悟りを得るんだ。…そこを勘違いするな。」

「うん…。」

「紫は、幼い頃から次期当主として修行を積んでいる。あの離れの建物でも、たった一人で、朝から晩まで修行していたんだろう。悟りの境涯へ到る道筋は、人各々違っていて良いんだ。お前には、お前なりの悟り方がある。誰かと比べる為に、紫の姿を見せた訳じゃない。」

 ボクは、何も言えぬまま頷いた。

一慶の言葉には不思議な力がある。
胸の中に痼(シコ)っていたものが、春の雪解けの様に緩んでゆく気がした。

 ──たっぷり反省した處ろでタイミング良く、欠伸が漏れる。

カチカチに固まっていた体が、安堵と共に急激に弛緩していった。

「漸く力が抜けて来た様だな?いい加減、俺も限界だ。飯食いに行くぞ。」

「行きたいけど立てない…足、痺れた…」

「はぁ!?」

 呆れた様に眉を上げると、一慶は不意に意地悪な笑みを浮かべた。

「足が痺れて、ね。例えばこの辺とか?」

 いきなり足の甲を踏まれる。

刹那、ビリリと電気の様な痺れが展がり、ボクは声にならない悲鳴を挙げた。

「ぃ──っ!な、にするんだよ!!」
「どうだ、堪らないだろう?」
「卑怯者!ボクが動けないと知って!!」

「さっきのお返しだ。俺だって足を踏まれたからな。これでチャラにしてやる。」

 そう言うと…。
彼はボクの手を取り、立たせてくれた。
痺れが収まるのを待って、瞑想室を出る。

太陽は既に天頂に差し掛かっていた。