本堂での修行を諦めたボク達は、東の対にある《瞑想室》という名の、奇妙で特殊な空間に場所を移した。

ボクの私室の西隣にあるその部屋は、元々は、当主専用の予備室だったらしい。

その奥には書庫に繋がる扉がある為、曾ては、書斎として使用されていた様だ。

 ほんの六畳程の小さな和室。

それを改装し、《瞑想室》と命名したのが、誰あろう、ボクの親父である。

 …以前、此処を訪れた時は、暗くて良く分からなかったけれど…。陽の元で改めて見ると、成程、確かに部屋の入口には《瞑想室》と書かれた小さな看板が掲げられていた。

 瞑想室…か。

成程、その名に相応しく、小さいながらも、神聖な空気が室内を満たしている。

 親父が、部屋いっぱいに描いた落書き…ならぬ『壁画擬き』も、相変わらず異様な迫力で、ボクを威圧していた。

「何だか妙な雰囲気だが…。まぁ、この位狭い方が、祈りに集中出来て良いのかもな。」

室内をザッと見渡しながら、一慶が呟いた。

 見上げれば、天井には幾千万の星の海。

四方を囲む壁には、蒼い夜空を雄飛する、銀色の鳳凰が描かれてある。

「伸さんの落書きも、こうして見れば、なかなか神秘的だしな。一先ず『形』から入ってみるか。お前も、親父さんに見守られている様で、安心出来るんじゃないか?」

「…うん。」

 何故だか上手く答えられない。
そんなボクを、一慶が訝る様に見下ろしていた。冷静にならなければ…そう思うのに、不安や焦り気持ちが抑えられない。

 ボクの脳裡には、本堂で一心に祈っていた紫の姿が焼き付いていた。

峻厳にして高潔な祈り──。
あんな風に…出来るだろうか…?
やはり自信が無い。

自分から言い出した事なのに。