「あの、一慶…?」
「あ?」

 運転する一慶は、終始憮然と前を見ていた。
刺々しい空気に怯みそうになりながら、ボクは頭を下げる。

「昨日は、その…ごめん。」
「何が?」

「だから、ほら…。いきなり飛び掛かったり、泥棒呼ばわりしちゃったりしてさ…。本当にごめんなさい。折角助けてくれたのに。」

「───。」

 不審に目を眇めると、彼はボクを一瞥した。

「何の話だ?」
「昨日の事を怒っているんじゃないの?」
「は!?」

 心底驚いた様に目を見開く一慶。
そうして今度は、ゆっくりと顔を此方に巡らせた。

「別に…怒ってはいないが?」
「へ?」
「もしかして、俺がお前に腹を立ててると思っていたのか?」

「違うの?」
「特に気にしていない。」
「え!? じゃあ、どうしてさっきから…」

 そこへ、ボクの言葉を遮る様にして、苺が会話に割って入った。

「一慶はねぇ。賭けで祐ちゃんに負けたのが気に入らないのよ。」

「賭けって?そう言えば、昨日も確かそんな事を言っていたけれど…。」

「うふふ、そうよ。祐ちゃんと一慶は、どちらが先に薙を見つけ出せるか、賭けていたの。勝った方が、次の『お仕事』のリーダーを務めるという条件だったのよ。ところが──」

「煩せぇぞ、苺!引き摺り下ろされたいのか!?」

 突然、一慶が凄味を利かせる。
すると苺は、大仰な仕草で『いやぁん!』と叫んで、後部席に引っ込んだ。

中断された会話には、引っかかる言葉が鏤ちりばめられている。ボクは首を傾げて訊ねた。

「リーダー?…『お仕事』って…祐介が言っていた『生業』のこと??」

「あれれ~?薙は、もうすっかり祐ちゃんとオトモダチなのね?」

「…いや別に。友達ってわけじゃ…。」

 一方的にからかわれている関係を、友達とは言わないだろう。

「いい男でしょ、彼?」

 悪戯に瞳を輝かせながら、苺が耳元で囁く。

「でも、手強いわよ?性格悪いし。」
「うん…それは否定しない。」

苺の言う『手強さ』は、既に体験済みだ。
この空気から、一慶との関係を察する事も出来る。

どう考えても、真逆の二人。
反が合わないのは一目瞭然だ。

坂井祐介──
確かにあの人は、一筋縄ではいかない気がする。出来れば金輪際、関わりたくないのだが。