「本気なんだろうな?」

 東の対に向かう回廊を巡りながら、ふと一慶が訊ねる。

勿論、本気だ。
洒落や冗談で、こんな事はしない。
…ボクは、無言で頷いた。

 《金目》をコントロールする技を修得する為に、ボク等は、東の対屋にある本堂に向かう。

とにかく時間が無い。
特訓するなら、一秒でも早い方が良いに決まっている。

ボクにとっては、これが初めての修行になる訳だが…不思議と、不安や恐れは無かった。

 ──程無く。
ボク等は、東の対屋に入った。
私室には寄らず、そのまま足音を潜めて本堂へ廻る。

 良く考えたら、東の対で私室以外の場所に足を踏み入れたのは、親父が落書きした、例の小部屋だけだ。

部屋が沢山あるという話は、苺から訊いて知っていたけれど…バタバタしていて、それを確認する暇も無かった。

 甲本の総本家は、これでもれっきとした寺院だ。宗教法人の認可もされている。

当主の私邸でもある《東の対屋》は、建物の半分が寺院、残り半分が《庫裡(クリ)》と呼ばれる居住スペースになっていた。

ボクの私室は当然、後者に該当する。

 庫裡には、いくつか空き部屋もあって…客室の他にも、書斎や浴室、トイレ、ミニ・キッチン等が設置されていた。

 母屋から本堂へ行くには、東の対屋の庫裡を過ぎ、更に渡り廊下を通って、奥へと進まなければならない。

 ボク等は、徐々に幅が狭くなる廊下を歩き続け…ついに本堂の入口に辿り着いた。

一慶が、ふと立ち止まって振り返る。

「この先が本堂だ。私語は慎めよ。」