刹那。逞しい腕が伸びて来て、あっと言う間に腰の辺りを絡め取る。気が付けば…。ボクは、一慶の腕の中に、確(シッカ)りと抱き締められていた。

「ちょ…ちょっと!」
「お前、意外と抱き心地が好(イ)いな。」
「やめてよ!幾ら何でも冗談が過ぎる!!」

「いいねぇ、その顔。抵抗されると、尚更そそられる。」

「一慶っ!」

 底意地の悪い笑い方をして、悠然とボクを見下ろす彼。これは多分、昨日の『鍵紛失事件』に対する意趣返しだ。

くそっ、負けてなるか!

 踵(カカト)で思い切り足の甲を踏んでやる。
グリッ!と小気味良い音がして、漸く拘束が解けた。

「痛いだろうが!何すんだよ、いきなり!?」
「当然の報いだ!! 朝っぱらから盛るな!」
「夜なら良いのか?」
「違うっ!」

 思い切り睨み付けた途端、一慶は戦意喪失した様にヒョイと肩を竦めた。

「やれやれ。何だってこう狂暴なんだろうな、うちの『お姫さま』は?可愛いのは、寝ている時だけか。」

 うわー…何、この言い種(グサ)!?
本当に腹が立つ──!!

「大体、そんなに嫌がる事ないだろう?俺だって傷付くぞ、一応。」

 ぶつぶつ文句を言っているけど、そこに同情の余地は無い。

ふん。
勝手に傷付け、一慶のおたんこなす!