「どれだって?」
「ん、ここ。」

「あぁ…これは、闡提成仏(センダイジョウブツ)だ。どんな極悪人でも、髪の毛一筋ほどの善心があれば、忽ち救われる…という意味だな。」

…どんな悪人でも救われる。
正しき者も、悪しき者も、全てを平等に救い亘(ワタ)すという、究極の救い。

「今回の件で、一番大切な柱になるかも知れないな。お前が目指しているのは…つまり、こういう事なんだろう?」

一慶の言葉に、ボクは黙って頷いた。

一切悉有仏性(イッサイシツウブッショウ)。
怨親平等(オンシンビョウドウ)…
闡提成仏(センダイジョウブツ)…。

それは、魔法の様な言葉だった。
求めていた答えが、全てここにある。
これだ──これだったのだ!

 ボクは、まるで雷に撃たれた様に、感激と興奮で身を震わせた。これを具体的な『形』にして実現したい。でも、どうすれば…?

 その時。一慶が一冊の古い本を手渡した。

「…《六星天河抄》?」

「これは、六星一座の記録書だ。行の基本から、現在に到るまでの活動の全てが、詳細に書かれている。これも、目を通した方がいいだろう。」

 そうして、髪をクシャリと混ぜられた。

「この中に、お前が望む解決法があると思う。納得のゆくまで…お前の気が済むまで、読み倒せ。」

「うん、ありがとう…。」

 それからボクは無我夢中で、符箋の付いた箇所を読み漁った。

砂地に水が染み込む様に…。
仏の真理が、スウッと染み通って来る。

不思議な感覚だ。
もっともっと知りたくなる。
貪欲なまでに、仏の御法(ミノリ)を欲する自分を、どうにも止める事が出来ない。

 途中で何度か、一慶の声が聞こえた気がしたけれど…。ボクの意識はもう、遥かな仏の世界に浮遊していて、そのまま朝まで戻る事は無かった。