経典には、仏教の開祖である釈迦が、その生涯掛けて説いた教えが綿々と綴られていた。

中でもボクが心惹かれたのは、釈迦の一生を描いた段である。

 釈迦族の王子ゴータマ・シッタールダが、世の乱れと儚さを嘆き、出家して悟りを開くまでの道程が、物語の様に綴られている。

 一度は苦行を諦めた事も…その後、苦行だけでは真理に近付けない事も、全てが有りの侭に描かれてある。

苦行を止め、命を保つ事こそ、生き物の定めと覚り、やがて菩提樹の下で静かに悟りを極めた青年──それが、仏陀であった。

 全知全能の神が、天から降臨して、人間を救う物語は幾つもある。だが…人間が、自らの努力で、尊い救いの道を切り開いた教えは、仏教だけだ。

 ボクはそこに、人間に備わる無限の可能性を見た気がした。

 経典には、仏陀となった釈迦が、多くの迷える衆生を導き救い──やがて、発涅槃(ハツネハン)するまでの道筋が、順を追って描かれている。

 そして、釈迦の入滅後。

その教えを承け継ぐ弟子らに依って、彼の救済の足跡は経典に纏められたのである。

肉体は滅しても、この経の中に、仏陀の救いの力は永久に生き続けるのだ。

 ──凄い。予想外に面白い。

書かれている内容の全てが、今までの自分の価値観を覆す程の、絶大な力に溢れている。

 ボクは、夢中になって読み耽った。

経典を捲(メク)る度に、知らない言葉、意訳出来ない単語が次から次へと現れる。理解が追い付かなくなると、一慶にその解説をせがんだ。