ずっと気掛かりだった。

どうして紫は、千里さんの死後も、離れに滞まっていたのか?いつでも逃げ出す事が出来た筈なのに…何故、と。

「だって、お母さんを置いてきぼりには出来ないよ。未だ、現世に留まっていたんだもの。」

「現世に…?」

「お母さんの魂魄(コンパク)は、強い力で縛られていた。だから死んだ後も、肉体から離れる事が出来なかったんだ。」

「それは」

「うん、知ってる。そうしたのは兄さんだ。お母さんの魂魄と共に、兄さんは死ぬつもりだった…。」

 やはり──紫は知っていたのだ。
真織が、母と共に黄泉へ行くつもりだった事を。

「お母さんは、離れに辿り着いた二日後に死んだよ。大量の血を吐いてね。だけど、魂魄は離れずに体内に滞まっていた。それは『生きている』のと変わらないんだ。置き去りになんか出来ない。」

 『生きているのと変わらない』──。

それは…ボクが以前、祐介に言われた言葉でもあった。親父の魂魄を、骨という器に縛り付けてしまったボクは、これと同じ状況を自ら作り出してしまったのだ。

真織のそれとは、質も目的も違うけれど──死者を引き留めてしまった事には変わり無い。

 そうして。
紫は、ポツリポツリと語り始めた。

千里さんは、心臓を患っていたらしい。
更に、生来の《霊媒体質》が災いして、魂魄のあちこちが磨耗し、命の炎も残り僅かであったと言う。

 そこへ、《稲綱狐》の憑依が重なった。

体に弱味を持つ千里さんの魂魄は、ほぼ無抵抗のまま、最深部まで狐に侵食されてしまったのだ。

 ──以来。千里さんは、稲綱狐の囁きを《神の声》として聞く様になった。

『粛正』と称して、服役中の死刑囚や受刑者達を、次々と呪殺したのだ。

特に、殺人を犯した重犯罪者達を…。