祐介と話していると酷く疲れる。
泥の様な倦怠感に襲われて、思わず大きな溜め息を吐つけば、涼しげな瞳が愉しそうに揺れていた。

 それを見て、ふと気付いてしまう。
成程…彼は、眼鏡を掛ける事でONとOFFとを使い分けているのだ。

《医者》と《癒者》──
二つの生業を、彼なりに使い分けている。

 妙に納得した途端。
祐介は長い指をパチン!と鳴らした。
刹那、フッと空間が揺れる。

「なに?地震──?」

思わず辺りを見廻したが、揺れを感じたのは一瞬だけだった。──何だろう、今の揺らぎは?

「大丈夫。結界を解いただけだから。」
「結界って?」

 答えを訊く前に、妙齢の看護師が入ってきて、会話が中断してしまう。

「先生、何か?」

「あぁ…甲本さんの退院手続きをお願いします。それと処方箋を薬剤部に回しといて。」

「分かりました。」

頭上で事務的な会話が飛び交う。
どうやら、ボクの質問は黙殺されたらしい。

《結界》──とは、時間や空間を一時停止する機能を云うのだろうか?
どうも良く解らない…。まるで、浦島太郎だ。何だか、全てが夢だった様な気がしてくる。

 ぼんやりしていると…

「薙。」

祐介が、不意にボクを呼んだ。

「え…?」
「帰る前に処置室で採血してね。」
「採血?」

「自覚しているだろうが、酷い貧血症だ。気になる症状も出ている。念の為、血液検査をしておこう。検査結果は二日後に判るから再来院する様に。」

「……はい…」

 返事をした途端、看護師がやって来て、ボクは処置室とやらに連れて行かれた。何やら、どんどん彼のペースに乗せられて行く気がする。
診察室を出る瞬間、ふと後ろを振り向くと……

 祐介は、意味深な笑みを浮かべながら、デスクに頬杖をついて言った。

「お大事に。」