…結局。その日、ボク等らが玲一と顔を会わせる事は無かった。紫も、帰宅後直ぐに自室に引き隠り、一向に顔を見せない。

二人の様子が心配だったが、取り込み中の本家に長居するのも気まずくて、今日のところは失礼する事にした。

 帰り際。倒れた当主に代わり、向坂隆臣が、玄関先までボク等を見送ってくれた。

 やはり、紫の姿は見えない。

少し残念に思っていると、隆臣が申し訳無さそうに頭を下げた。

「紫も、今までの疲れが出たらしくて、どうにも起き上がれない様な具合でして。折角おみ足をお運び頂いたのですが、御挨拶に参る事も出来ず…なんと御詫び申し上げれば良いか。」

 そうだろう、無理もない。
あんな所に、ずっと一人きりで居たのだ。
心身共に消耗しきっていたのだろう。

「いいよ。それより、玲一さんの様子はどう?」

 すると。
隆臣の精悍な顔が僅かに曇った。

「今は眠っております…。奥方が離れに入って以来、当主は、毎日三度の護摩供養を欠かさず修しておりました。無理をしていたのでしょう。安堵した途端、いきなり…。」

「仕方がないよ、ボクの事は気にしないで、ゆっくり休ませてあげて。それより…こんな状況で、審問会なんて出来るの?」

「今宵の審問は総代のみで行います。『本審』の方は明後日に執り行う事になりました。この結果は後日、当主が御報告に上がります。一座の『裁定』が行われる前には──必ず。」